円空の間(あわい)

どのような空間・位相場では かけがえのない存在として つながっているのでしょう   ~ かそけくゆらぐ 間(あわい)のふところ にて ~

立春を迎え冬から春へ。
寒暖をいきつもどりつ季節は移り変わっています。

一昨日はピッコロ保育園五歳児やまぐみクラスの、
きくみるはなす縁坐舞台、今年度の最終回でした。

きくみるはなす縁坐舞台は、円坐から始まります。
阿波杉の椅子の形をした積み木『てるぺん』がまわってくると、
まずご挨拶をし、名を名乗り、今朝何を食べてきたかを言って、
宜しくお願いしますと一礼し、隣りに順にてるぺんを渡します。

最終回は、
全員そろった十数名のやまぐみさんに、
担任や加配の保育士さんや実習生さん、
そして有無の一坐の顔ぶれも坐ります。

いつもは「しずかになるまで、言わへん」と言って、
たっぷり間合いをとる子も今日はすっと出番を終え、
てるぺんは順に半時計まわりに円坐の内側をまわり、
まるで、歌舞伎の廻り舞台の奈落のように最終回は・・
予想や予定を遙かに越えたやりとりが次々彼方此方で起き、
じっと成り行きを観ていると向こうからも見られ始めます。
こうなってくると、予め考えてきた筋書きは通用しません。

全体が、ひとつの生き物のように動き始めて、
子どもも大人も輪郭がはっきりした姿を見せ始め、
見えない柔らかな大きなからだに乗って運ばれて参ります。

閉ざされた五感の捉える視界からくるりと大海原に漕ぎ出でた舟は
行先を空と海の間のかなたへ向かって大きく旋回しながら進みます

45分にもおよぶ円坐のあとは、
やまぐみ全体に贈る影舞舞台を、置かせていただきました。

先人たちが魂を込めて歌った珠曲を全身全霊で歌い上げた、
T字路sの讃歌「夕暮れ」と薬師丸ひろこ「仰げば尊し」の、
十分間ほどの有無の一坐のきくみるはなす縁坐舞台でした。

今度は、やまぐみさんのさいごの晴れ舞台です。

担任のみわさんに名前を呼ばれ、舞台にあがり、
恩師とお辞儀を交わします。

ここまでくるともらい泣きすら因果関係では成立しません。
言葉になってくる以前に、既に、同時に、起こっています。
不思議なことかもしれませんが、閉ざされた五感感覚では、
認知できないことのようになっているようです。

ラスト二本の有志によるやまぐみ影舞の舞台は見事でした。
最後はふたたび円坐になって名残りとともに終わりました。

新年度早々、緊急事態宣言の影響で出足しが遅れましたが、
おかげ様で今年度も千穐楽の幟を掲げることができました。
誠に深謝申し上げます。


来月の3月14日(日)
神戸の御影におきまして開催いたします、
火垂るの墓 円坐影舞「御影道中」のご案内です。


「昭和20年9月21日夜、僕は死んだ」


このシーンから始まる、火垂るの墓。

八月十五日になると、
テレビでは必ずと言っていいほど、
放映されていた、アニメ映画です。

14歳の清太は、
国鉄三ノ宮駅構内の行き交う群衆の中、
柱にもたれかかり、
力尽き、ひっそりと息をひきとります。

駅員は、少年の遺体を片付けるために、
少年の持ってたドロップ缶を投げ捨てると、
中から、4歳の妹節子の骨の欠片が飛び散って、
二匹の蛍となり、節子と清太の姿があらはれます。

火垂るの墓の映像やシーンは、
どうしてこんなにも心に焼き付くのでしょう。

昨秋、尼崎道中を影舞いました有無の一坐は、
今春、さらに西へ、神戸は御影へと参ります。

このたびのご縁、
心よりお待ちしております。

松岡弘子


< 火垂るの墓 円坐影舞「御影道中」開催要項 >

◆◇ 日時 令和3年3月14日 (日) 10~19時
◆◇ 場所 兵庫県 御影公会堂とその界隈
◆◇ 内容 円坐 影舞 未二観 縁坐舞台
◆◇ 会費 一万円   ◆◇ 募集 数名
◆◇ 申込 soumon.enza@gmail.com  松岡

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縁切り神社 円坐のご案内です。

橋本美佐子さんが二度も現地に足を運ばれて、
いよいよ『縁切り神社 円坐』@京都 安井金毘羅宮
3月10日(水)10〜17時  開催の運びとなりました。

場所は、京都祇園の南側、
六道さんや清水寺のすぐ近く、
京都で一押しの神社、縁切り神社です。

共に円に坐るご縁を、お待ちしております。

松岡弘子



 ∞∞∞



京都の神社    六畳間で、円坐をすることになりました。




    このたび  松岡  弘子さん            通称「くぅ」に、京都、東山区にある「安井金比羅宮」縁切り神社で、円坐の守人をしていただきたいと  お願い事をした 橋本 美佐子です。

      2020年5月         静かな京都に出稽古に参りました。 その時、オデッセイ(車)は、縁切り神社の駐車場におりました。私は道路ぎわにある、安井金比羅宮の鳥居をくぐり、前方200メートルほど先に縁切り神社のお社を見ました。そこは、静けさの中に活気を感じるような、木々の葉の緑色が目に入ってくるかのような 印象のところでした。

たくさんの絵馬が納められておりました。この地を訪れた方々の書いた絵馬、私は一枚一枚を見て驚きました。
あれも  これも  すごいこと書いてある。
凄い。   どれも実名で明確な声です。
阿修羅のごとく、   修羅場   思いを断ち切る   手離す……さまざまな言葉がうかびました。手放したい、なぜできないのかと自分に問いかけをします。…………

「  痛みとともに  」という言葉がうかびます。痛みとともにいる姿、覚悟を持つ後ろ姿は、美しくも見えます。
痛みと共にいると、痛みが変化(へんげ)して、色 、 景色がかわる。
まさしく  「手離す」  痛みにしがみつかない姿に感じられます。



2021年  年が明けて  1月に神社に行き御部屋を借りたい旨、伝え、新型コロナウイルス感染症  緊急事態宣言が発出されている状況ですが何とかお部屋を予約することができました。



神社に嘆願書を届けるため家を出たとき、コロナ禍において"自分に問う'  自分で考えることが問われるチャンスを与えてくれたことは、良いことと思うと  ふっと   息子が言っていました。

「悪縁を切る」 と 「良縁を結ぶ」は表裏一体。思い切って切る。その覚悟こそが良縁を得るための第一歩。「心」に一区切りをつける、新しい一歩を踏み出す。心機一転と神社はとなえています。

ただ  ただ    坐る。今  この 時  腰を落ち着けてわが身と出会いたいと思います。


そんな時間を持ちたいと思っております。
(橋本  みさこ)

   

 ∞∞∞



このたび、橋本美佐子さんより一命を受けまして、
安井金毘羅宮にて『縁切り円坐』守人を仕ります、
松岡弘子です。

何とぞよろしくお願いいたします。

初めて円坐を主催されるにあたり、
したためられたみさこさんのご案内の言葉の奥からは、
覚悟を決めた息づかいや声も、聞こえてくるようです。

文章に文体というものがある様に、
文章にも姿勢というものがあって、
こちらも背筋が伸びるおもいです。

いつもの「みさこさん」だけど・・
いつもの雰囲気とは違っていて、
なんだか、初対面の様でもあり、
初めてな感じで緊張してますが、

それは、寧ろ、清々しい、緊張感です。

有無の一坐で京都の清水寺界隈を出稽古した際おとづれた安井金毘羅宮の境内には、
縁を切る覚悟を決めて、実名を名乗り、自分の言葉で願掛けをした、縁切り絵馬が、

今も昔も清々しい音を鳴らして、風に揺れています。



縁切り神社の境内は、
まさに縁坐舞台です。

一日共に坐るご縁を、
お待ちしております。

松岡弘子



<<  縁切り神社 円坐影舞    諸   要項 >>

◇ 開催日時:3月10日(水) 10〜17時

◇ 開催場所:安井金比羅宮  縁切り神社
                       (京都市東山区下弁天町)  

◇ 交通機関 :京阪電車 祇園四条駅下車  八坂神社  前  清水寺方面に進む

◇ 円坐守人:松岡弘子 (くぅ)

◇ 内容:影舞・円坐

◇ 会費:8000円

(コロナ禍にて、会場では   マスク着用     飲食厳禁   積極的換気  が条件となっております。参加される皆様  寒さ対策をよろしくお願いいたします。)

(昼食について 、当日簡単なご案内をいたしますが朝食は済ませてお越しください)

◇ 申込:msk5014de@gmail.com  橋本 美佐子

◇ 参加人数: 5~7名   六畳間ですから。

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みなさま

こんにちは。
立春を越え春の彼岸頃までは、
春の陽気に羽織っていた服を脱ぐと、
また肌寒くなって衣を着ることもあり、
二月の和名きさらぎは、
如月とも衣更着とも書いたりするそうですが、
冬から春への季節、生駒山の麓、
石切橋本亭にて、相聞茶堂を開催させていただきます。

息子が生まれて我が家は五人家族になりました。
義父母、母や、犬も乗ることもあり、いよいよ手狭になり、
赤い乗用車から白いオデッセイになって、年々走行距離も年々伸び、
最近では彼岸タクシーになったり、関ケ原の古戦場を駆け抜けたり、
有無の一坐の出稽古や、地方へのドサマワリの足となって、
日本各地を駆け巡っておりました。



おかげさまで、先月、
淡路の夕刻の海岸の縁坐舞台で、
有無の一坐に見守られて、最期を迎えることになりました。

我々の思い出や魂とともに、
今も白いオデッセイは大空と海の間を、
そしてこの地平線を走り続けています。
深謝申し上げます。

このたびご縁があって、
今度は黒のオデッセイとめぐり逢いました。

木更津で暮らす弟も、
年式や色が同じオデッセイに乗っています。
性格や外見や生き方は、似ても似つかないのですが、
でも不思議なことに、なぜかいつもどこかで通じ合っていて、
このふたりがきょうだいであることの不思議も感じています。

オデッセイで、千葉まで走って、会いに行く日も、すぐです。
納車の日は、山の端に大きなまあるい白い月が出ていました。

さて、今月の相聞茶堂は、
先月に引き続きまして石切橋本亭にて開催させていただきます。

如月相聞茶堂の朝は新オデッセイでご近所の川浪さんをお迎えにあがり、
安岡寺のお宅から淀川大橋を渡って南下し、中央大通りを左手にまがり、
生駒山を正面にし、石切神社のすぐそばを通って石切橋本亭へ参ります。

それでは、石切相聞茶堂にて、
橋本一家の皆様と共に、ご縁をお待ちしております。


松岡弘子


<<  きさらぎ 相聞茶堂 開催要項 >>

◇ 開催日時:2月18日(木) 10〜17時

◇ 茶堂場所:東大阪市にあります『石切 橋本亭』

◇ 円坐守人:橋本久仁彦 松岡弘子 橋本悠

◇ 内容:未二観・影舞・円坐・きくみるはなす縁坐舞台

◇ 会費:一万円

◇ 募集:数名

◇ 申込:soumon.enza@gmail.com 松岡
 
◇ ご挨拶:
 
相聞茶堂は、令和二年七月から三カ月間『浦堂 きらら』で、九月からは『高槻町 うらら』の古民家へ移り開催して参りました。令和三年一月より『石切 橋本亭』にて開催いたしております。

「相聞」とは、カウンセリングやコーチング、セラピーではありません。知識による人から人への受け渡し教育でもありません。誰もが乞い乞われる万葉の相聞歌のような、魂の呼応です。

「茶堂」とは、日本の喫茶店のルーツです。四国の各地の村境にある小屋のことで、生活をする中で世代を問わず語り合ったり旅人をお接待する憩いの場であったり、四国の各所には数多く残っています。

その「茶堂」を場所としてそこから呼び覚まされる生活の言葉、智慧による願われた言葉が、我々に生まれる瞬間、生活に深く根ざした、思議することあるべからず世界へと道がひらける、そんな、ちいさなわたしを通じて、世界の歴史全体を包み込むような空間がこの世にひとつ、あればいいなあとおもいます。

歴史を越える心にふれるには、人に会うことでしか始まらないと思います。

人の語る言葉をそのまま聞くということが、たとえ発語がなくとも、聞こえてくる言葉をそのまま聞くということがほとんど無くなりつつある現代だからこそ語りの言葉には他者への敬意と土地への誇りも、同時に、不可欠だと痛感しています。

わたしたちはこれまで長い歴史の中でいのちの事を生命とは呼ばず、寿命と呼んで参りました。寿というものをいただいて、命そのまま生きているわけですが、現代は個人の生命を私有化してしまい、大変苦しんでいます。寿命とは一体なんだろうかと思うのです。生活に根ざした、向こうからの呼び声のような、魂の言葉のような、寿命とはそんな願いのような気がしてなりません。

そこで「相聞茶堂」という見えない小屋の棟を上げ、その土地の舞台となり、皆様と共に、この現代でいうお接待の形を試みてみたいと思います。

同時に、この願いというものは、いつの世にも願われてきた「呼び声」でもある、という気がしています。
では、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

松岡弘子

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早いもので、また一滴大海円坐の季節がやってきました。
令和3年2月4日、立春の翌日に一滴大海円坐を開催いたします。

今回の開催場所は、東大阪市石切の橋本亭が舞台です。
円坐守人は西條読真氏ことさいちゃんと松岡弘子です。
どうぞよろしくお願いいたしますm(__)m

早速お問い合わせいただいておりまして、
新年に向け一歩づつ踏み出して参ります。

今年も残すところあと三日となりました。 
今年一年大変お世話になりました。
誠に、ありがとうございました。

では、どうぞよいお年をお迎えください。

松岡弘子

< 一滴大海円坐 ~ 石切舞台 開催要項 >

 日 時 : 2021年2月4日 (木) 10時~17時  

 場 所 : 東大阪市石切 橋本亭

 最寄駅 : 近鉄奈良線 石切駅 徒歩5分  

 会 費 : 8,000円

 守 人 : さい西條読真 くぅ松岡弘子

 内 容 : 円坐・影舞

 申 込 : soumon.enza@gmail.com 松岡弘子

関ケ原古戦場円坐 @松尾山 金子実千枝さん撮影

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あけましておめでとうございます。

謹んで新春の寿ぎを申し上げます。

 

新年の相聞茶堂は1月21日木曜日、

石切の橋本亭にて開催させていただきます。


二、三月は、場所は未定ですが日程は第三木曜日です。


四月になればまた高槻町のうららで、

お花見相聞茶堂も予定しております。

こちらは日程が決まり次第、

ご案内させていただきます。



昨年暮れの、

2年ぶり東京盆暮円坐に、

ご参集くださいましたご縁、

誠にありがとうございました。

大変ありがたい時間となりました。


逢坂中之島のイブイブ円坐では、

丁寧に丁寧に円坐空間に影舞が置かれてゆき、

舞台空間は此彼の眼差しに照らされ純度を増し、

冴え渡る刃の如く、影やき(かがやき)ました。


逢坂梅田の円坐ひとひろでは、

師走の梅田を行き交う人々の川の流れに、

きくみるはなす縁坐舞台が幾重にもあらはれ、

最期は、近松物語のお初徳兵衛心中の地、露天神を未二観し、

そのふたりの場所と空間を寿いで、仕舞い(終い)ました。


 


この世のなごり、


夜もなごり、


死にに行く身をたとふれば、


あだしが原の道の霜、


一足づゝに消えて行く、


夢の夢こそあはれなれ、


あれ数ふれば、暁の、


七つの時が六つ鳴りて、


残る一つが今生の、


鐘の響の聞き納め、


寂滅為楽と響くなり。


 



いよいよ、令和三年の幕開けです。


新年もどうぞ宜しくお願い申しあげます。


では、謹んで新年のご縁を石切相聞茶堂にて、お待ちしております。 



 


松岡弘子



 


 


<<新春相聞茶堂開催要項>>


開催日時:121日・218日・3181017時半


茶堂場所:1月は東大阪市にあります『石切橋本亭』


円坐守人:橋本久仁彦松岡弘子橋本悠


内容:未二観・影舞・円坐・きくみるはなす縁坐舞台


会費:一万円


募集:数名


申込:soumon.enza@gmail.com松岡


 


ご挨拶:


 


相聞茶堂は、令和二年七月から三カ月間『浦堂きらら』で、九月からは『高槻町うらら』の古民家へ移り開催して参りました。


 


令和三年一月は『石切橋本亭』にて開催いたします。


「相聞」とは、カウンセリングやコーチング、セラピーではありません。知識による人から人への受け渡し教育でもありません。誰もが乞い乞われる万葉の相聞歌のような、魂の呼応です。


「茶堂」とは、日本の喫茶店のルーツです。四国の各地の村境にある小屋のことで、生活をする中で世代を問わず語り合ったり旅人をお接待する憩いの場であったり、四国の各所には数多く残っています。


その「茶堂」を場所としてそこから呼び覚まされる生活の言葉、智慧による願われた言葉が、我々に生まれる瞬間、生活に深く根ざした、思議することあるべからず世界へと道がひらける、そんな、ちいさなわたしを通じて、世界の歴史全体を包み込むような空間がこの世にひとつ、あればいいなあとおもいます。


歴史を越える心にふれるには、人に会うことでしか始まらないと思います。


人の語る言葉をそのまま聞くということが、たとえ発語がなくとも、聞こえてくる言葉をそのまま聞くということがほとんど無くなりつつある現代だからこそ語りの言葉には他者への敬意と土地への誇りも、同時に、不可欠だと痛感しています。


わたしたちはこれまで長い歴史の中でいのちの事を生命とは呼ばず、寿命と呼んで参りました。寿というものをいただいて、命そのまま生きているわけですが、現代は個人の生命を私有化してしまい、大変苦しんでいます。寿命とは一体なんだろうかと思うのです。生活に根ざした、向こうからの呼び声のような、魂の言葉のような、寿命とはそんな願いのような気がしてなりません。


そこで「相聞茶堂」という見えない小屋の棟を上げ、その土地の舞台となり、皆様と共に、この現代でいうお接待の形を試みてみたいと思います。


同時に、この願いというものは、いつの世にも願われてきた「呼び声」でもある、という気がしています。

では、どうぞ宜しくお願い申し上げます。


松岡弘子



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皆様

こんばんは。
円坐ひとひろのご案内です。

円坐ひとひろ 〜 逢坂梅田 縁坐舞台〜

このたび円坐ひとひろを
大阪駅でおこなう運びとなりました。
逢坂の地にて影舞うご縁を
お待ちしております。

・・・・・・・・・
松岡弘子よりご案内
・・・・・・・・・

みなさま

いよいよ12月に入り、
今年も残りわずかとなりました。

おかげ様で、
先月11月25日夕刻、
京都鴨川の河川敷の河原でひとひろ主催の縁坐舞台を開催し、
河原町四条と河原町五条の間を円坐で往還いたしました。

鴨川の水面のきらめくかがやきは、
かつて河原が死者でうめつくされ、
豊穣な揺らめきとなって、
この世とあの世の境い川として、
人知れずかがやき流れ続けていました。

この様な鴨川の姿が、あらはれたのは、
初めて彼岸の影となり、あらわはれた、
お二人のふれる指先と指先の空間です。

笑いあり涙ありの一日限りの一坐です。

わずか、数時間の縁坐道行きでしたが、
最後の四条のお初さんの前の円坐では、
一泊二日の旅行をした後みたいですと、
大変有り難いお言葉を賜りました。

時空を超え旅する円坐時間は、
この世から遥か彼方の土地へ、
往復する旅行なのでしょうか・・
それとも、
神隠しの何かなのでしょうか・・

たったわずか数時間、
遠く離れた場所に移動したわけでもなく、
どこかへ、雲隠れなどもしていないのに、
この世の人々からは見えない世界を旅し、
ずっと太古の昔から実はあり続けてきた、
人々や生き物、風情や景色、自然の姿が、
すべて初めての風景となって見えてきて、
影舞う人と人の指先の間の向こうから、
こちらへまるっと見えてまいりました。

相方の橋本仁美さんは、
音楽と子どもの活動と縁坐舞台が、
ひとつになったと言っていました。

わたしは、
一連の流れなか、
関ケ原古戦場円坐以降、
歴史と生活と縁坐舞台が融合し、
舞台がさらにひろがり始めました。 

御心をお寄せいただきました皆様、
深く御礼申し上げます。 
誠に有難うございます。
 
さて、
年末の暮れも差し迫った、
今月の12月27日の日曜日、
さらに西へと、逢坂梅田の地で、
円坐ひとひろを開催いたします。

江戸時代のお盆に、
大坂七墓巡りがブームになって、
その中の一つが、梅田墓でした。
梅田は、かつて埋田と言われて、
最近駅前の地下の土のなかから、
大量の人骨が発掘されています。

大阪の東成に住んでいた時、
毎週尼崎の祖父母の家にお泊りに行く際、
大阪駅で環状線から阪急電車に乗り換え、
母と弟と梅田駅前をよく歩いたものです。
そして、わずかほんのすこしの間ですが、
昔、大阪駅前ビルに事務所と店があった、
本間ゴルフに勤めていたことがあります。

ちょうどその辺りは梅田墓の跡地であり、
当時流行り病で大量に亡くなった庶民を、
竪穴を掘り棺や 甕棺等にまとめて埋葬し、
無縁仏となった霊魂を供養した習わしが、
この七墓巡りなんだそうです。

今年はコロナのおかげで、
人の姿や社会の仕組みは様々に変化し、
そんな中変わらないものがありました。
あらためて、人間関係や歴史において、
味わい深い年であり有り難い年でした。

今年の暮れ、
円坐ひとひろは逢坂梅田へ参ります。
どうぞ、ご縁をお待ちしております。

松岡弘子


・・・・・・・・・
橋本仁美よりご案内
・・・・・・・・・

こんにちは。

京都・鴨川での舞台は川面がきらきらして景色が浮き立ちました。
かつてここにいた人が蘇ったような気がして、
ここへ想いを馳せてくださった人たちも来ているように
感じられました。

その場にいなかったり時代が違って会っていなくても、
触れ合ったように感じてしまうのは不思議です。
今まで習った常識はそんなことはあるはずがないと言ってきますが、
実際に会っていないからといって、その人たちと出会っていない、
とはどうしても思えません。
逆に、一緒にいるからといって、本当に出会っているのでしょうか。

私自身は、生死問わず今ここにいない人に生かされて、
その人たちを感じるたびに日々の生き方が決まっていきます。


鴨川での円坐ひとひろを終えたあと、
なぜか浮かんだのは大阪駅路上の影舞でした。

大阪駅付近にはもう川がないと思っていましたが、
大阪駅をゆきかう人の流れは川の流れのようで、
それぞれがひとところへ向かって歩いてゆくなかに
身を浮かばせる時間になるのかもしれません。

年の暮れ、梅田のひとひろです。
お待ちしております。

橋本仁美


< 円坐ひとひろ  開催要項 >>>>>>>

日時:12月27日日曜日 午後四時~午後七時

開演:日没前 

終演:日没後

会費:五千円 

場所:大阪駅周辺にて

影舞人・縁坐舞台守人 :橋本仁美 松岡弘子

お問い合わせ・ご参加の申込みは、
下記アドレス迄お願いいたします。

soumon.enza@gmail.com 松岡
hitomi.hashimoto918@gmail.com 橋本

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イヴイヴ円坐 橋本悠氏からの案内文

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近頃また段々と寒くなってきました。

場所も違えば寒さの程も其々でしょうが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

近頃僕は死んだらどうなるのかとか、世の中どうなってるのか、これからどうなって行くのかとかそんな事をいつも寝る前に考えてしまいます。

姉に言われるまで忘れていましたが、誕生日が近くなっているからでしょうか。

 

円坐というものは知ってましたが、実際にその場に座ってから2年、守人として初めて円坐に座ってから1年。

歳を重ねたからか、円坐をして色々な人に会っているからか、自分の中で何か価値観的なものが大きく揺れ動いているのを感じます。

イヴイヴ円坐はクリスマスイブの前日にするので、イヴのイヴという意味で去年名付けたのですが、

肝心のイヴの日を勘違いしていて当日がイヴの前々日だったので名前の通りにはなりませんでした。

 

今年はまたくぅの方から一緒にやろうと声をかけてもらって、名実共にちゃんとイヴイヴになりそうです。

ただその場凌ぎの目的だけをもって生きて、死んだら無になると考えたら途端に人生が虚しくそして死が恐ろしくなりますが、

家族や出会った大事な人達に恥じない様にと思って生き、そして死んだら同じ場所に行けると思うと全く死が怖くなく、生きる活力が湧いてきます。

生き方死に方は別々の様に考えてしまいがちですが、生き方は死に方に、死に方は生き方に強く関係している。

もっと言うと分ける必要がないと思います。

 

死んだら終わりという価値観もあると思いますが、死を肯定する生き方の方が実に有意義な、時間に追われない人生になるなと最近考えています。

なので最近ニュースなどで見たり、実際に誰か又は歴史が眠っている場所にいって見て、今はもう生きていない人、

物が蔑ろにされているのを見ると、蔑ろにされているモノ達の方ではなく、むしろ今生きているこちら側に凄い孤独感を覚えます。

 

それで良いとしてる人達はどこへ向かって生きて、死んでいこうとしてるのか、

そもそも考えていないのか、わかってそう生きているのなら実に強い人達だなと思います。

 

今年1年はコロナの影響もあってたくさんの方が亡くなりました。

世界中の誰もが死を身近に感じた、近年稀に見る1年だったと思います。

その1年の最後に行うイヴイヴ円坐ですが、どうなるかは勿論分かりませんが聖夜の前もあって、

今の僕としては亡くなった人、生き延びた人を祝福したい気持ちでいっぱいです。

 

少ない席ではございますが、大事なクリスマスイブの前の日につどってくれる人達と顔を合わせられるのを、

心よりお待ちしております。

 

橋本悠

 


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イブイブ円坐 松岡弘子からの案内文
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今冬クリスマスのイブイブ12月23日に、

水の都、大阪「中之島」で円坐をひらきます。

かつて中之島にあったデザインミュージアムでは、

坐・フェンスの縁坐舞台の公演が月々夜毎興行されました。

(「坐・フェンス」は橋本久仁彦氏が長年座長を務めた一座です。)

 

今はもう中之島デザインミュージアムもその場所には無く、違う建物に変わってしまいました。

たとえ、人々の記憶から忘れ去られたとしても・・

中之島は今もこの先も永遠に縁坐舞台の魂宿る「ふるさと」です。

と、同時に、わたしにとって、そして、縁坐舞台にとっても、中之島は「関ケ原」です。

 

年の終わりが定まると、

これから先の晩夏から秋、そして冬へと、

様々なことがありこれからも色々な事があろう令和二年の終わりの瞬間へ向かって、

凛とした冬景色が、一気に眼の前にひろがります。

 

イブの語源は、

イブニングという夜の事です。

大都会の中心の凛とした空気の中、

朝と昼間は円坐に坐り、夜は中之島の冬景色を歩き、気が向けば影舞い、言祝ぎます。

 

中之島は例年、

電光色にライトアップされ、

見物の人や車で賑わうようですが・・

今年はどうなるかまったくわかりません。

 

コロナウィルスによって、

今年は奈良や京都などでも、

その土地本来のかがやきや音、

古より変わらぬふるさとの原風景を、

思いがけずわたし達に見せてくれました。

 

ひょっとしたら中之島も、

堂島川と土佐堀川の間の中州にある、

難波(なにわ)の水の都の姿や景色を見せるでしょうか。

 

令和二年冬の景色をご一緒しましょう。

 

イブイブ円坐の守人を、

昨年と同様、橋本悠氏と共に、

今年も務めさせていただきます。

 

おかげさまで大変有り難き光栄です。

暦の上では年末はまだ先ですが、

もう年末を迎えている気分です。

今年も大変お世話になりました。

 

それでは、

ご縁ある方のお越しを、

心よりお待ち申し上げております。

 

松岡弘子

 

 

<< イブイブ円坐 開催要項 >>

◆◇ 日時 2020年 12月23日 9:45~16:45

◆◇ 場所 大阪市北区 中之島

◆◇ 守人 松岡弘子 橋本悠

◆◇ 会費 7,000円

◆◇ 募集 (キャンセル待ち)お問合せください。

◆◇ 申込 松岡弘子 soumon.enza@gmail.com

      橋本悠 kagemai@au.com





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ふと思います、
人生ほど大事なものはない。
こうやって、生活しているのも、
なにかのご縁で成り立っていると。

影舞にて故人をしのび、
自分もやがては故郷へ落ち着くと感じると、
死の終わりがひろがって生の拠り処となり、
生活に潤いや、香りをもたらし、
生活の音や、人や鳥・虫の声は、
浄かに歓喜の曲を奏でています。

円坐や影舞・未二観は、
この世で生活する者の、
もう一つの現実世界だと思います。

さて今年の年の暮れ、
盆暮円坐を開催いたします。

前回は、
武蔵関のお家の住み終いと、
結婚の儀式の「盆暮円坐」でした。

今回は、
のりちゃんが戸高徳子さんとなって、
新しい命を迎えご家族で生活されている、
つつじヶ丘のお家で「盆暮円坐」を開催いたします。 

のりちゃんは東京と大阪とで離れていますが、
死ぬまで付き合ってくださる大切な友人です。
このたび、懐かしくも新鮮に、再会を果たしたいと願っています。

円坐に坐るということは、
毎回、初めて真剣に向き合い、
何度でも、他者と対峙し、己と向き合うことです。

このたびのご縁、
12月暮れの盆暮円坐にて、
心よりお待ち申し上げております。

それでは、
盆暮円坐の守人を一緒に務めます、
のりちゃんのご案内文掲載いたします。

松岡弘子


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 戸高徳子氏 (のりちゃん) ご案内文
・・・・・・・・・・・・・・・・

皆様 ご無沙汰しております。

盆暮円坐を2020年12月20日、日曜日に、
くぅさんこと松岡弘子さんと、私、戸高徳子とで開きますので
ここに、お知らせののろしを上げさせていただきます。

前回の盆暮円坐は2018年の12月ですので、2年ぶりです。
そして、私自身、円坐に座るのも2年ぶりです。

ふと、今までの盆暮円坐を振り返ってみると、
私自身の別居、離婚、新しいパートナーとの間での妊娠、
そして2年前の前回では、思いがけず結婚の儀式のような時間になり、
盆暮円坐が刻まれるように私の人生の節目の度に開催されてきたような気がします。

目の前の自分自身の状況に
目を逸らしがちで、
腰がひけがちで流しがちで、
忘れがちな私

そんな私を、直接会っては、離れていてもメールで
くぅさんが、伴走するように、ずっと辿ってくださった姿も、同時にはっきりとみえます。

盆暮円坐のおかげで、私の人生、道に、
忘れようもなく、しっかりとコトが刻まれています。

くぅさんとの間には、メールが何回も往復していて、
毎回くぅさんからのメールの言葉が、私の心に触れ、
このやりとり中に私が生きてる感がしていて、毎回涙していますが、
今回、盆暮円坐の案内文としていただいた冒頭の

”ふと思います、
人生ほど大事なものはない。”

に、しょっぱなから私のど真ん中をわしづかみにされ、
読み進めるうちに、あちらからやってきてた風景が私を包みこみ
私の内側の流れと重なり、こちらもあちらもなくなって、
熱そのものになり、私がいなくなるような感じが起こりました。
円坐は、何が起こるか、起こらないか。というわけではないですが、
くぅさんとの間、私には、こんなことが何度もあります。
それを求めているわけではないけれど、
一緒にいるだけで、内側に上昇気流が起きる。
やっぱり、場を一緒に開きたい。

普段はくぅさんは大阪、私は東京と離れていますが、いつも近くに感じ、
思い出すたびに私の心が躍る、くぅさんという友人と
新しい家族と暮らす自宅にて、一緒に円坐を開催できるのは
私にとってとても幸せなことで、大変ありがたく思っています。
2020年の盆暮円坐、どんな時間、空間にになるだろう。と今から楽しみです。
みなさまとのご縁を心よりお待ちしております。

戸高 徳子


< 盆暮円坐 2020 開催要項 >

◆ 日時 令和2年12月20日(日) 12時~17時

◆ 場所 東京都 最寄り駅:つつじヶ丘駅

◆ 募集 4名   ◆ 会費 5千円

◆ 内容 円坐 影舞 未二観

◆ 守人 戸高徳子 松岡弘子

◆ 申込 soumon.enza@gmail.com(松岡) norikolina@gmail.com(戸高)

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木の葉もすっかり色づき、
秋の季節も深まってまいりました。
 
今年の夏、
橋本仁美氏がご家族のもとに帰って来て、
うちの末っ子長男もコロナで下宿を引き払い、
家に帰って来ました。
 
「ただいま」と、家に帰ると、
「おかえり」と、家族がいつもいます。
たとえ離れて暮らしていても、
たとえ肉体を離れて魂だけになっても、
いつも家の中では元気な面影でいます。
 
前回「ひとひろ」は五年前の冬に、
箕面相聞円坐を開催いたしました。
 
このたび、
「有無の一坐」
橋本仁美氏と松岡弘子は、
皆様のおかげさまをもちまして、
「ひとひろ」でよみがえります。
 
いま、まさに、
「ひとひろ」の節目であり、
是即ちまさしく関ケ原です。
 
11月25日水曜日夕刻より、
出雲の阿国さんゆかりの、
京都鴨川の河原を舞台に、
縁坐影舞います。
 
出雲の阿国さんは、
我々にとっての芸能の神様です。
 
出自は諸説あったとしても、
阿国さんはこの現代にもういなくても、
いまも鴨川の河原で小屋掛けし、
民衆のまなざしのなかを舞っています。
 
ひとひろ縁坐影舞を観てくださる方、
円坐影舞や縁坐舞台にご関心ある方、
「有無の一坐」一尋縁坐舞台空間へ、
よかったら、ご参集お越しください。
 
ご縁ある方のお越しを、
心よりお待ち申しあげております。

 
松岡弘子
 

 
・・・・・・・・・・・・・
橋本仁美さんからのご案内文
・・・・・・・・・・・・・
  
先日、有志の方で集って子育てについて語る円坐をしました。自分は子どもはいないけど、そこで語られる葛藤は自分が身を置いてきたこれまでの境遇や今まで聞いてきた言葉と重なるものが多くありました。
 
子どもにとってどんな教育が良いのか。管理的な学校、主体性に任せる学校、どちらも正しく、どちらも間違った面があると思いました。
 
何事もいつも正しく、間違っており、そのあいだをゆれ動き、結局あなたとわたしの話になって、お互いが対峙する姿を子どもたちが見て、その生き様が伝わっていくのだと思います。
 
そうやって時代を超えて人々のあいだを伝わっていく方のもとへ、
 
松岡弘子さんと、ふたたび「ひとひろ」で詣でるご縁をとてもありがたく思っております。
 
京都の河原にてお待ちしております。

   
橋本仁美

 
 
< 円坐ひとひろ  開催要項 >>>>>>>
 
日時:11月25日水曜日 午後四時~午後七時
開演:日没前 
終演:日没後
会費:五千円 
場所:京都 河原町 四条大橋や五条河原にて
影舞人・縁坐舞台守人 :橋本仁美 松岡弘子
 
お問い合わせ・ご参加の申込みは、
下記アドレス迄お願いいたします。
soumon.enza@gmail.com 松岡
hitomi.hashimoto918@gmail.com 橋本
 
写真:有無の一坐 出稽古 @福井「若州一滴文庫 〜 車いす劇場」
撮影:橋本美佐子さん

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先日10月11日、
逢坂難波の都 千代崎にて、
有無の一坐 きくみるはなす 逢坂千代崎相聞旗揚げ公演 でした。
その節は誠にありがとうございました。

来たる11月8日日曜日。

「尼崎道中」と名づけまして、
有無の一坐は坐衆方と共に歩き、
一つの円影未二の舞台となって・・
辿り辿られ諸共に、尼崎道中参りです。

このたびの開催にあたりまして、
有無の一坐「尼崎道中」坐衆方、
数名募ります。

関心のある方は是非ご一報下さい。
どうぞご縁をお待ちしております。

ところで、
この尼崎の地は、
縄文時代、かつて、海だったことから、
海崎・海人崎と明記された時代もあり、
神崎川や猪名川によってできた砂州が、
陸地化し港町として栄えていきました。

長岡京時代、
淀川と神崎川は結ばれ、
難波・京・大和の都と、
西国・瀬戸内を結ぶ水運の要衝となり、
平安時代後期になると、
神崎の地は人や物の往来が活発になり、
今様など芸能を披露する遊女達の集う、
天下一の楽地となり、
江戸時代の初めには、
浄瑠璃や歌舞伎の脚本を数多く手がけた、
近松門左衛門が、晩年廣濟寺本堂の奥の、
近松部屋において、
数々の脚本を生み出してまいりました。

この寺の境内には、近松の墓もあります。

近松の死後は、
彼をしのんで逢坂の役者達は、
その近松部屋で舞台の上演をしたり、
参詣する役者が後を絶たなかったのも、
なんだかわかるような気がいたします。

わたしは昭和40年代後半の幼い頃から、
近松の里のそばの尼崎の若王寺の家へ、
大好きな祖母に会いに毎週末泊まりに行ってました。

昭和50年代後半、
10代後半の頃に住んだこともある、
懐かしい家も阪神大震災で全壊し、
当時の家屋は、もうありませんが・・

若王寺村の産土神を祀る、
かつて雨乞い神社だった熊野大神社は、
家の裏にあり、
おばあちゃんはよく、
お百度詣りをしていました。 

その熊野大神社で、
先日石切相聞茶堂で試みた、
お百度未二観をして、
往時の風景を映してみたり、

祖父が晩年勤めてた大学も、
今はもうありませんが跡地にて、
午前中の稽古の時間を設けたいと考えています。

そんな懐かしくも新たな土地において、
有無の一坐「尼崎道中」を企画させていただくことは、
身に余る光栄です。

過去に、かつて、毎週通ったからとか、
以前住んでいたことのある土地だから、
というのでは寧ろ、なくて・・

『今も、昔も、この先も、この尼崎の地にずっと生きている。』と。

関ケ原古戦場円坐を一気に駆け抜け、
千代崎相聞公演の初舞台に立ち会い、
ようやく、言えるようになりました。

「尼崎道中」の朝は、皆で、稽古をし、
昼食を一緒にとり近松の里へ参ります。

午後は、
近松部屋や近松のお墓のある廣濟寺、
趣きのある池や庭園のある近松公園、
そして若王寺の熊野大神社など・・

さらにそこから神崎川へ向かって、
ちょっと歩いていきますと、
かつては交易で栄え宴遊で賑わう、
神崎の地があります。
今はひっそり遊女塚だけが残っています。

法然は、
讃岐へ流刑される際立ち寄った、
この神崎の地で民衆に念仏を説き、
念仏を授かった、五人の遊女達は、
わが身を恥じて諸共に手を合わせ、
神崎川に入水しました。

 むかし 神崎川に ゆり上げ橋といふあり
 遊女 この川へ 身を沈めたるしかばねを
 水中より ゆり上げしより 橋の名となりぬ

ゆり上げ橋に打ち上げられた五人の亡骸は、
憐れに思う住民によって岸に葬られました。
遊女塚にて円影未二の影舞に辿り着く頃は、
日も暮れからだも冷えてくるかと思います。

地下水を焚いた庶民的な銭湯が、
徒歩数分の近くにありますので、
光明温泉に一緒に入ってあったまり、
弥生の道をそぞろ歩き一路園田駅へ、
参りましょう。

美味しいお料理のお店があるようなので、
一同会し道中最後の宴を設けて、
尼崎道中の一日に献杯したいと思います。

このような流れを予定していますが、
その日の天候やその時の起こる事に応じて、
適宜、内容は臨機応変に変わって参ります。

明日は下見に行ってみようと思います。
正直心踊るのを抑えきれずにおります。

なにはともあれ、
たっぷり盛沢山の、
長い一日となりそうです。
共に歩く事は大事な稽古でもあり、
この日はゆっくりと歩きますので、
足に自信のない方でも大丈夫です。
有無の一坐「尼崎道中」堪能いたしましょう。

ここ最近、
人を利用するだけ利用して、
都合が悪くなるとポイっと使い捨てる、
この世の一部の人の話ではありますが、
一見花々しい見た目とは裏腹に、
闇と業の深さにふれ衝撃を受け、
やはり思うのです、
かがやく光の粒の差し込む斜陽の道を、
仕合を重ね歳月を重ねた道連れと共に、
時にぶつかり時に労りながら、
道中を共に歩いて参りたいと。

このたびのご縁、有無の一坐一同、
心よりお待ち申し上げております。

「有無の一坐」の一 松岡弘子



・・・・・・・・・・・
橋本久仁彦氏のご案内文 
・・・・・・・・・・・

 皆様へ。

有無の一坐「尼崎道中」~近松門左衛門の里・遊女塚・光明温泉をご案内いたします。

関ヶ原古戦場円坐で先駆けし、逢坂千代崎で旗揚げ公演を果たしました有無の一坐。
昨日は高槻市の保育園にて縁坐舞台を行い、有無の一坐囃子方の橋本仁美が活躍いたしました。

まず担任の先生と仕合ってみせた華のある影舞で五歳児クラス「山組」の面々に衝撃を与えます。
次に自ら手を挙げた圭太君が舞台に出ます。皆を意識してひょうきんに振舞っていたのですが、
この7月に四国四万十から帰って心境著しい橋本仁美の真剣なお辞儀に引き込まれるようにお辞儀を返します。
圭太君にとっては生まれて初めての影舞のはずですが、圭太(五歳児山組)×仁美(有無の一坐)の影舞舞台は、
それは見事な仕合となりました。
約4分ほどの大人の影舞と同じくらいの時間を、僕は目を奪われて見入っておりました。

五歳の男の子の様(さま=影舞舞台によって生じる事物の輪郭覚醒)として立ち上がる凛とした時空を何に例えればいいでしょうか。
教師やカウンセラーの仕事をしていた時代には、そこが自分の死に場所だとはとても感じられなかったのですが、
僕にとって「有無の一坐」は、そこで死に果ててこの人生を終えても良いと感じることができる「有無の一坐」なのです。

晩秋の尼崎を道中いたしましょう

         有無の一坐 坐長 橋本久仁彦


< 有無の一坐「尼崎道中」 ~ 近松門左衛門の里・遊女塚・光明温泉 開催要項 >

◆◇ 日時 令和二年十一月八日日曜日
◆◇ 集合 九時 @阪急 神戸線 園田駅
◆◇ 解散 二十一時頃 @阪急 園田駅
◆◇ 場所 兵庫県尼崎 ◆◇ 募集 数名
◆◇ 内容 円坐 影舞 未二観 縁坐舞台
◆◇ 会費 二万円 (昼食夕食入浴代込)
◆◇ 申込 soumon.enza@gmail.com
◆◇ 主催 有無の一坐 「尼崎道中」

* 夕暮れ時に撮った近松公園の庭園の池です *

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すっかり気温は秋になりました。
秋の「円坐いろは」を京都の大原野にて開催いたします。

大原野は、
懐かしい場所です。

そんなご縁ある大原野で、
円坐いろはを思い立ちました。

学生の頃、
小型のオフロードバイクで、
秋の竹林の道を駆け抜けて
富有柿をよく買い求めました。

キャディのバイトをしながら、
朝から晩までゴルフに明け暮れ.
車で毎日通った、懐かしい道。

そして、
家族になることを誓ったお味噌汁。
のどかな風景は今も変わりません。

円坐いろは竹の里。
京都は大原野にて、
ご縁をお待ちしております。

松岡弘子

< 円坐いろは 竹の里 開催要項 >

日時 : 令和2年10月18日 日曜日 10:00〜16:00

場所 : 洛西 竹の里会館 和室ぼたん

会費 : 六千円

守人 : 有無の一坐 松岡弘子

内容 : 未二影 影舞 円坐 縁坐舞台 

(写真 春のお彼岸円坐 京都洛西 竹林公園 竹林の道)

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皆さま

10月から相聞茶堂は、いままでお世話になった『浦堂きらら』さんから、『高槻町うらら』の古民家へ移ります。

「相聞」とは、カウンセリングやコーチング、セラピーではありません。知識による人から人への受け渡し教育でもありません。誰もが乞い乞われる万葉の相聞歌のような、魂の呼応です。

「茶堂」とは、日本の喫茶店のルーツです。四国の各地の村境にある小屋のことで、生活をする中で世代を問わず語り合ったり旅人をお接待する憩いの場であったり、四国の各所には数多く残っています。

その「茶堂」を場所としてそこから呼び覚まされる生活の言葉、智慧による願われた言葉が、我々に生まれる瞬間、生活に深く根ざした、思議することあるべからず世界へと道がひらける、そんな、ちいさなわたしを通じて、世界の歴史全体を包み込むような空間がこの世にひとつ、あればいいなあとおもいます。

歴史を越える心にふれるには、人に会うことでしか始まらないと思います。

人の語る言葉をそのまま聞くということが、たとえ発語がなくとも、聞こえてくる言葉をそのまま聞くということがほとんど無くなりつつある現代だからこそ語りの言葉には他者への敬意と土地への誇りも、同時に、不可欠だと痛感しています。

わたしたちはこれまで長い歴史の中でいのちの事を生命とは呼ばず、寿命と呼んで参りました。寿というものをいただいて、命そのまま生きているわけですが、現代は個人の生命を私有化してしまい、大変苦しんでいます。寿命とは一体なんだろうかと思うのです。生活に根ざした、向こうからの呼び声のような、魂の言葉のような、寿命とはそんな願いのような気がしてなりません。

そこで「相聞茶堂」という見えない小屋の棟を上げ、その土地の舞台となり、皆様と共に、この現代でいうお接待の形を試みてみたいと思います。

同時に、この願いというものはいつの世にも願われてきた呼び声でもあるという気がしています。

では、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

相聞茶堂 守人 松岡弘子



<< 相聞茶堂 @高槻町うらら 開催要項 >>

◇ 開催日時:10月15日・11月19日・12月3日 10時JR高槻駅集合〜18時解散 

◇ 茶堂場所:高槻市高槻町の古民家うらら(15時〜17時)

◇ 守人:橋本久仁彦 松岡弘子 橋本悠

◇ 内容:未二観・影舞・円坐・きくみるはなす縁坐舞台

◇ 会費:一万円

◇ 募集:2名

◇ 申込:soumon.enza@gmail.com 松岡

◇ 15時〜茶堂のみ参加希望の方は、お問い合わせください。


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みなさま

こんにちは。

大阪北部は突然の夕立ちでした。
こちらに向かって来る雨雲は速く、
数メートル先の神社の辺りが大雨でしたが、
一気に土砂降りになり雨宿りに飛び込んだ花屋で、
色々な菊の花が束ねられた仏花を一つ、買いました。

江戸風情という朝顔が、9月になってようやく咲き始め、
短い夏とあきらめていた矢先絞りの青に夏の名残りです。

 朝顔や つるべ取られて もらひ水

秋といえば菊ですが、朝顔も秋の季語でもあるそうです。

さて、来月の十月朔日。
秋の石切で、菊の節句を祝う「相聞茶堂」をひらきます。

石切さんの参道で石切名物の蓬うどんを食べて、
石切さん詣をしたり、秋の石切を散策しながら、
自分たちのお百度石をみつけ、
歩きながら聞く節句〜お百度未二観や影舞、
そんな、秋の石切「相聞茶堂」の一日です。

先日見た上石切神社のお百度参りを思い出しています。

一見、同じ場所をまわってる様で、
一周目と二周目、そして百周目は、
まったく違う景色なのではないか、とはっとして、
「これって未二観と同じなのではないか」と、
心の中で、ひとり言をつぶやいたら・・

ふと、此彼を超えた祖父母のお百度を思い出しました。

聞く事とは、
お百度石を千度まわっているうちに、
知らず知らず彼此の岸にかかる橋を、
渡り越えていく事なのではないか、と思います。


それでは、
ご縁ある方のお越しをお待ちしております。

石切相聞茶堂 守人 松岡弘子


< 「相聞茶堂」@石切 ~ きくの節句 開催要項 >

◆ 日 時 :  令和2年10月1日 10:00~17:00頃
◆ 場  所 : 大阪府 東大阪市 石切にて
◇ 守 人 : 橋本久仁彦 松岡弘子
◇ 参加費 :  10,000円
◇ 定 員 : 少人数
◇ お申込 : soumon.enza@gmail.com 松岡まで

虹




みなさま

今年のお盆は、
如何お過ごしでしょうか。

明日は75年前に終戦を迎えた日ですね。

関ケ原円坐の戦守人橋本久仁彦さんと、
関ケ原古戦場円坐スタッフ橋本悠さんの、
歴史的名文をここに掲げまして、
お盆発関ケ原古戦場円坐ご案内第二報を、
お送らせていただきます。 


今からちょうど420年前の八月。
十日に石田三成は大垣城に入城、
十四日には、
東軍諸将も清州付近まで進出しました。

それから一ヶ月間、
各東西諸将の進出が開始し、
関ケ原合戦前日の杭瀬川の戦まで、
大垣城を軸に戦況は展開しました。

慶長五年九月十五日、
早朝。

西軍・東軍が布陣し、
関ケ原の地において、
天下分けめの決戦となりました。

関ケ原の決死の戦を、
各諸武将は如何に戦ったのでしょう。

関ケ原の決戦は年表スケールで見た、
ただの過去の出来事ではありません。


今も我々の中で脈々と生きています。


我々は、
何のために、
誰のために、
何と、誰と、戦うのでしょう。

果たして、
我々はたったひとりで、
戦うことが出来るのでしょうか。


令和二年、
日本各地から守人諸将が、
秋の彼岸に関ケ原に集まって参ります。


それでは、
最終案内お送らせていただきます。
どうぞ宜しくお願い申し上げます。

松岡弘子



◆ 橋本久仁彦氏 案内文 ◆

「関ヶ原」とは、1600年に日本が東西二つに分かれて仕合った史上最大の決戦を指す言葉ですが、

現代の我々も人生の大切な決断に迫られた時に、「いよいよここが関ヶ原だな」 などと表現することがあります。

 

ところで、円坐守人が 「ただありのままに言葉を辿る」 という仕事は、以下のように定義することができます。

 

発された言葉に辿り入ることによって、我々の日常生活の在り方が、自分自身による一生の決意決断の結果として現れた、

深い信念に基づく現実であるという事実に向かい合い、対峙すること。

 

円坐には、我々の「過去」が今も生き生きと存在しています。

円坐には、我々の「未来」もすでに現れ脈打っています。

 

円坐という舞台空間には、「現在=今こうしてあるということ」が、過去や未来を含んでひろがっています。

自分自身の過去現在未来すべての景色が、「今こうしてある」 という円の中で我が身に迫ってきます。

 

「今こうしてあること」 から始まる内と外への 「ひろがり」 が円坐の始まりです。

 

場所と対峙し、時間と対峙することは、自分と対峙し、他者と対峙することです。

円坐の空間、すなわち円坐舞台が広がり始め、坐衆それぞれの過去現在未来が言影、面影として立ち上がってくると、

過去現在未来の出来事が 「今」 という円の中に同時に存在し、互いに布陣する地理的な風景となります。

 

これを円坐舞台における「関ヶ原」と見立てました。

おのれの業(ごう)によって、過去と未来の権化となった坐衆の面々は、「今」 という「存在の決戦地」において対峙します。

 

「ある場所」と対峙し、「ある他者」と対峙し、「この自分」と対峙し、「我が人生」と対峙します。

あるものは友情に殉じ、自分より強大な相手に果敢に向き合い、あるものは成り行きを傍観し、あるいは逃げ出し、

あるものは計算高く「裏切り」ます。

 

癒しや成長や自己の実現という予定調和ではなく、現在の我々のありのままの人間模様が浮かび上がって交差する生々しい劇的場面と、

そのすべてを包んで安心できる背景のひろがりの確かさを、「動乱の寂滅」と呼んでいます。

円坐という、血沸き肉躍る小さな舞台の骨組みは、この寂滅の「ひろがり」の上に基礎を置いています。

 

すでに20名を越える円坐守将(円坐守人武将)が、日本各地から令和二年彼岸の関ヶ原に向かって進発しています。

 

それぞれが己自身の、円坐守人、円坐一家としての信念を家紋として旗印に掲げ、隊列凛として粛々と関ヶ原入りする円坐守将の騎馬姿。

関ヶ原古戦場円坐の屏風絵に描かれることになるその雄姿は、ここまで人生を生き抜いてきたという一点において、

そして円坐舞台で他者と自己に対峙するという一点において、天下唯一の価値を持ち、威風堂々たる人格の風景を醸し出しています。

 

その後塵を拝し、残された人生を本当に生き切ることへの憧れをもって、若輩未熟ながら我が一家も関ヶ原末席に推参いたします。

 

思えば高校では教えない授業を、大学では他者の価値に従わぬ非構成の場を、周囲のご迷惑を顧みずに実践させていただき、

何ものにも所属しなくなってからはただ我がままな一本道を歩いてきました。

我が導師、西念寺の和尚からは 「変わり果てたものどうし」 とお言葉をいただきました。

常に変わらぬ懐かしいまなざしでこの 「我が身」 を見つめ、見抜いてくださる慈眼に辞儀し続けております。

 

コロナの時代のおかげ様で、有縁の方々とご一緒する日々の景色がはっきりと深く濃くなりました。

この道を参りたいと思います。誠にありがとうございます。

 

 

「山も山 道も昔に変わらねど

   変わり果てたる  わが心かな」

 

 

               令和二年関ヶ原 戦守人の一  橋本久仁彦





◆ 松岡弘子 案内文 ◆


2020年秋のお彼岸 関ケ原古戦場円坐 ご案内いたします。

今年は雨が多く庭の片隅で茗荷がたくさん生えています。

「阿呆になるけん子どもは食べたらいかん」
茗荷が大好物でこんまい頃はよく言われたものです。
ミョウガとは・・・因果で冥加な呼び名ですが (笑)
薬味に散らしてすだちをキュッと絞るとたまらない!
夏が香ります。

いま茗荷の花が咲いています。
茗荷の花は神秘です。
どこか竹の花にも似ています。

椿の花や桜の花の開花周期は、一年です。
来年の桜は見れるかな、もう見れないかなあ、
と歳を重ねて参りました。

たった一年・・・
されど一年。

昨年の関ケ原古戦場円坐からちょうど一年。
コロナで世界が一気に新たな姿を見せ、
はっきりと、何か重大な事をわたし達に突きつけて来たのを感じます。
皆の生き様そのものが問われている今生の戦(いくさ)となる様相です。
こんな世の中になるなどお正月には誰も予想すらしていませんでした。

今年も関ケ原古戦場円坐を秋の彼岸に開催いたします。
岐阜で行うわたしにとって、生きとし生けるもの見えないすべてのものとの、とてつもない大きな舞台です。

各地から名だたる武将達が声を上げ名乗り出てくださり「関ケ原」戦国 五次元絵巻が今年も紐解かれました。

関ケ原古戦場の常夜灯を目指し、関ケ原に集結する各地の私たちは、他者の姿であり死者の姿でありますが、
縁起によるこの世の有様でもあり、それはこのちいさな自分という、この世の姿でもありますね。

今年に入って、
竹の花が咲くのを、
全国各地で三度見ました。

竹の開花周期は、
人間の寿命を超えているそうで、
何年なのかはわかっていないそうですが、
花が咲くと交配し竹林が枯れるそうです。

一生に一度きりの
華咲き
散りて
枯れる
儚い世

衆生の魂と侍の魂が、
この世で交わるのは、
歴史という舞台だと言っても、
過言ではないと思っています。

歴史は、学者や研究者、政治家や教育者のものではなく・・・

普通に日々生活し、
暮らす私たちの舞台そのものです。

円坐や影舞は生活という歴史的舞台の本質を体現していると言えます。

とある此のくにの歴史を語る人の目に映るふるさとの夏の風景は・・
お盆の海で手も脚も日焼けした少女の瞳にも今も残っています。
麒麟ラガーの輝くあわは、今も聞こえるよしこののお囃子です。
彼の人のさいごの仕事をしている姿はわたしの姿でもあります。

年に一度の関ケ原。
いよいよ、残席わずかとなりました。
ご縁ある方のご参戦をこころよりお待ち申しあげております。


関ケ原古戦場円坐 戦守人の一 松岡弘子



◆ 橋本悠氏 案内文 ◆


去年の関ヶ原からもう何ヶ月で一年。
世の中は色々な災害や国家の情勢で、一年前の関ヶ原円坐の頃とは大きく景色が変わってしまったように感じます。

新型コロナの影響で多くの人達が自分も死ぬんだということを意識したでしょう。
それでも尚自分だけは大丈夫だ自分には関係ないと思う人と、自分の死と自分に目を向ける人に大きく分かれたようにも思います。

その混乱に乗じて動こうとする人や国、混乱に立ち向かう人と国にも大きく分かれて、世の中が去年よりハッキリしてきた気がします。

天下分け目とまで言われる程、白と黒をハッキリさせた関ヶ原。
そこにいる全員が自分の死を意識したであろう関ヶ原。
きっと皆、自分の命を使ってでも成し遂げたい事があったのでしょう。
今の世の中はその時の空気に近づいているような気がします。

決して時代が逆行しているとか、混沌としていると言う訳では無いと思います。
昔と違い、歴史を重ねネットがあり情報が満ちている今現代という世の中で、お金や経歴が第一ではない、自分の命で自分が挑戦できる時代が到来しつつあるように感じます。
特に各国が、自国の新型コロナの状況を世界に発信するというのは、それだけ自国が弱っていると言うのを知らせる行為。
勿論それをしない国もありますが、もはやそれでは時代遅れなのだな、と。
大きな災害を前に各国が弱みを見せて立ち向かうのは、確かに一つになろうとしていると感じます。
ひと昔前では絶対にあり得ない事だと、現代とはそう言う時代なんだと考えます。

こんな大変な時だからこそ、関ヶ原では先人達から教えてもらえる事や手本が多く感じられるように思います。

常にそうですが、特に今の世界は関ヶ原のように大きな分岐点に立っているのでしょう。
この世界で一番物知りなのは生きている人ではなく、人生の最後を見て亡くなった人達だと思うのです。
年齢なども関係なく、特に死ぬつもりで最後を迎えた人達は人生においてとても大きな先輩たちだと思います。
関ヶ原で皆さんと共に、人と人生と世の中との勉強が出来ればと思います。

長くなりましたが、当日はどうぞ宜しくお願いします。

関ケ原古戦場円坐 スタッフ 橋本悠


◆ < 開催要項 >>>>>>> ◆

決戦地 岐阜県関ケ原古戦場跡
決戦日 二〇二〇年 九月二十一日 10時~二十二日 17時 秋のお彼岸
場 所 集合・解散 JR関ケ原駅前 
戦守人 橋本久仁彦 松岡弘子
宿 泊 旅館神山
参加費 三万円
申込み soumon.enza@gmail.com 松岡弘子まで
   

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みなさま


こんにちは。

雨あがりの八月。

蝉の鳴き声がひとときしずまり、
雨音としぶきが空蝉の面影運び、
娘の横で揺れうたた寝しながら、
車窓から夏の午後の景色が見え、
雨上がりの道に水たまり、
雲井の空映える、
今日は、そんな夏空の夕刻です。

先日の夕刻は、
西の空が茜に染まり、
大きな落日はまるで、
目が酸っぱくなるような、
まぶしい梅干太陽でした。

それはそれは、
身に沁み入る懐かしい風景でした。

では「円坐いろは」のご案内です。

今週末の直前の案内となっています。
八月三十日(日曜) 午後14:45〜17:15

未二観影舞 舞台稽古を開催いたします。

もしよかったら、
夏稽古ご一緒ください。
ご縁をお待ちしております。


円坐いろは 守人 松岡弘子


< 円坐いろは 〜 夏稽古 開催要項>

◆ 日時 令和2年8月30日 日曜日  14:45〜17:15

◆ 場所 JR高槻駅前 和室

◇ 内容 未二観影舞 円坐舞台

◇ 会費 二千五百円

◇ 守人 松岡弘子

◇ 定員 少人数

◇ 申込 soumon.enza@gmail.com 松岡


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皆様へ。

新聞紙上には九州の大雨で亡くなった方々の最期の姿が伝えられています。
妻の叫ぶ声に水に浮く畳をよけながら玄関に出てみると、腰まで濁流に浸かった妻がこちらを見つめている。
妻に対して叫んだその瞬間、流れにのまれて見えなくなった。
妻のそばには手すりがあった。それをつかめとどうして言わなかったのか悔やみ続けている。
しかし、妻の最期のまなざしは「後は任せたよ」と言っていたように思われると。

今日、円坐の盟友より、お身内の方からの訃報の言葉を届けて頂きました。
「おはようございます。今朝未明に義母が亡くなりました。家族に見送られて逝かれました。
お見舞い頂いたり、ご心配頂き、ありがとうございました」。


以下の相聞茶堂のご挨拶文に、
「語りの言葉には他者への敬意と土地への誇りも、同時に、不可欠だ」と記されています。

この「他者」とは我々生者のことであると同時に「死者」のことでもあります。
「土地」とは、今までの、そしてこれからの無数の死者の在所でもあります。

こうして「相聞茶堂」は、生きていることやものだけを良しとする我々の人生態度に対して初めて対峙し、仕合う場所となってあらはれます。
死んで往くことを「満ちた」と言う言葉で表してきた土佐の国において、国境の街道に置かれた茶堂は、異国からの旅人と出会う場所であり、
「まろうど」としての神に出逢う場所であり、そしてまた懐かしい死者と語らう場所でもあったのだと思います。

以前、高知の池澤良子さんの導きを得て、土佐の国の奥へ円坐旅を歩いた折に、今も残されている実際の茶堂を訪ねました。
集落のはずれに建てられたその茶堂は、4本の木の柱が2~3メートルの高さに、畳4畳ほどの板の間と屋根を支えている高床式の小屋でした。

この「高さ」は村の属する「此岸(この世)」から「離れている」ということを示しているようです。
だからこの茶堂では異国の旅人をまるで同じ村の友のように迎えることができ、日常の悩みは逆に、
この世の常識に距離を置いた先祖や死者の見地から見直すことができたのだろうと思います。

相聞茶堂として高槻市の浦堂の場所を提供してくださったKさんは、一度少しお目にかかっただけなのに、二度目には石切の円坐守人クラスにやって来られ、
コロナによる自粛期間であったにもかかわらず、これは必要だからと直ちに高槻市での未二観の場を要請された方です。
70年余の生涯を障害者や弱者と呼ばれる方々に寄り添って、ただひとり歩いて来られたその姿勢にふれて僕も、そして息子の橋本悠も、
相聞茶堂守人として名札を掲げさせていただきます。

浦堂にあらはれた土佐の茶堂、「相聞の円影未二の茶堂」に名を連ねさせていただけること。
その一事を我が身の幸せに思い、また光栄に感じて身を引き締めております。


             相聞茶堂@浦堂 守人の一  橋本久仁彦




みなさま

来たる、
令和2年7月16日より開催が始まります。

「相聞茶堂@浦堂」ご案内です。
どうぞ宜しくお願いいたします。


「相聞」とは、カウンセリングやコーチング、セラピーではありません。
知識による人から人への受け渡し教育でもありません。誰もが乞い乞われる万葉の相聞歌のような、魂の呼応です。


「茶堂」とは、日本の喫茶店のルーツです。四国の各地の村境にある小屋のことで、
生活をする中で世代を問わず語り合ったり旅人をお接待する憩いの場であったり、四国の各所には数多く残っています。


その「茶堂」を場所としてそこから呼び覚まされる生活の言葉、智慧による願われた言葉が、
我々に生まれる瞬間、生活に深く根ざした、思議することあるべからず世界へと道がひらける、
そんな、ちいさなわたしを通じて、世界の歴史全体を包み込むような空間がこの世にひとつ、あればいいなあとおもいます。


歴史を越える心にふれるには、人に会うことでしか始まらないと思います。


人の語る言葉をそのまま聞くということが、たとえ発語がなくとも、聞こえてくる言葉をそのまま聞くということがほとんど無くなりつつある現代だからこそ
語りの言葉には他者への敬意と土地への誇りも、同時に、不可欠だと痛感しています。


わたしたちはこれまで長い歴史の中でいのちの事を生命とは呼ばず、寿命と呼んで参りました。
寿というものをいただいて、命そのまま生きているわけですが、現代は個人の生命を私有化してしまい、大変苦しんでいます。
寿命とは一体なんだろうかと思うのです。生活に根ざした、向こうからの呼び声のような、魂の言葉のような、寿命とはそんな願いのような気がしてなりません。


そこで「相聞茶堂」という見えない小屋の棟を上げ、その土地の舞台となり、皆様と共に、この現代でいうお接待の形を試みてみたいと思います。


同時に、この願いというものはいつの世にも願われてきた呼び声でもあるという気がしています。

では、どうぞ宜しくお願い申し上げます。


相聞茶堂 守人 松岡弘子



< 相聞茶堂@浦堂 開催要項 >

開催日時  第三木曜日 (当面の開催日 7/16・8/20・9/17)
      10時 JR高槻駅 集合
      18時 JR高槻駅 解散

開催場所  ・待合せ 10時 JR高槻駅(市バス、もしくは、車で移動します)
      ・各所へ移動 随時、未二観・円坐・影舞
      ・15時~17時 大阪府高槻市浦堂2丁目21−2 きらら浦堂

茶堂守人  橋本久仁彦  松岡弘子  橋本悠

内容    未二観 ・ 影舞 ・ 円坐 ・ きくみるはなす縁坐舞台

参加費   一万円

申込    soumon.enza@gmail.com 松岡弘子


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来週から事始めです。
高槻の浦堂きららでの「相聞茶堂」。

来月からはご案内もさせていただきます。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

すこし以前になりますが、
梶原での未二観「相聞の杜」の時は、
裏の畑山神社の鳥の声や木々の葉音、
時おり雨の音が鳴り響いていました。

浦堂での「相聞茶堂」未二観は、
近くには神服神社も御坐います。
表通りは服部バス停、
裏は清水小学校です。

安岡寺や真上からも近い地元開催となります。
川浪さんと橋本さんへのご挨拶のお便りです。

・・・

「未二観、是非、高槻でやりませんか」

川浪スヱ子さんのこの言葉からこの三人の顔合わせが実現しこの世に成立しました。

会の命名も含め、松岡さんの言葉で語り起こしてください、との宿題をいただき、ようやく言葉になって参りました。

あらためまして御礼とご挨拶申し上げます。

会の名は「相聞茶堂」と申します。
いかがでしょうか。

以前、橋本さんと共に、
箕面市内の萱野三平旧邸におきまして、
「円坐茶堂」という場の初回をひらきました。

このたび、
高槻市は服部「浦堂」にて、
「相聞茶堂」と名をあらためまして、
本格的に事始めをして参りたいと思っています。

「相聞」とは、カウンセリングやコーチング、セラピーではありません。知識による人から人への受け渡し教育でもありません。誰もが乞い乞われる万葉集の相聞歌のような魂の呼応です。

「茶堂」とは、日本の喫茶店のルーツです。四国の各地の村境にある小屋のことで、生活をする中で世代を問わず語り合ったり、旅人をお接待する憩いの場であったり、四国の各所には数多く残っています。

その「茶堂」を場所として、そこから呼び覚まされる生活の言葉、それらの智慧による願われた言葉が、我々に生まれる瞬間、生活に深く根ざした思議することあるべからず世界へと道がひらける、そんな、ちいさなわたしを通じて世界の歴史全体を包み込むような空間が、この世にひとつあればいいなあとおもます。

歴史を越える心にふれるには、人に出会っていくことでしか始まらないのでしょうか?

いまだ私にはよくわかりませんが・・・

人の語る言葉を聞くということが、たとえ発語がなくとも、聞こえてくる言葉をそのまま聞くということが、ほとんど無くなりつつある現代だからこそ、語りの言葉には、他者への敬意と土地への誇りも、同時に不可欠だと痛感しています。

わたしたちはこれまで長い歴史の中で、いのちの事を生命とは呼ばず、寿命と呼んで参りました。

寿というものをいただいて命そのまま生きているわけですが、現代の我々は、個人の生命を私有化してしまい大変苦しんでいます。

寿命とは一体なんだろうかと思うのです。

生活に根ざした、向こうからの呼び声のような、魂の言葉のような、寿命とはそんな願いのようか気がしてなりません。

そこで「相聞茶堂」という、見えない小屋の棟を上げ、その土地の舞台となり、皆様と共に、この現代でいう「お接待」の形を試みてみたいと思います。

同時に、この願いというものはいつの世にも願われてきた呼び声でもあるという気がしています。

ゆくゆくはご縁ある方にもお越しいただいて、ご近所の方々にもお立ち寄りいただけるよう、川浪さんと橋本さんと共に、松岡も三名で鼎となって相聞茶堂を棟上げしてゆけたらと思っております。

至らない自分ではありますが、
どうぞ宜しくお願い申し上げます。

相聞茶堂 守人 松岡弘子

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みなさま

日々いかがお過ごしでしょうか。

わたしは晴れると土に種をまき、
雨が降ると家に入り本をならべて読んでいます。

鶯や雀などの鳥の声が近頃よく聞こえてきます。

「雨の降る日は、雀がよー鳴くんよ」
と言う祖父の言葉。
鶯が鳴けば「ほー、ほけきょ」としだれ桜の守人が歌います。

懐かしくも豊かな景色です。

いつもなぜか、
面影懐かしいその声と一緒に、
思い出すのは、
おじいちゃんの家の前の一面の蓮華畑の花や、
梶原の古民家の庭で見事に咲くしだれ桜です。

おじいちゃんの阿南の家の縁側には、
大きな昭和の古いステレオがあって、
叔父がクラシックレコードをかけてくれた時の、
縁側の奥に神棚があったのもよく覚えています。

梶原のしだれ桜の家の母屋の縁側から見える庭の景色と、
阿南の家の縁側から見えた庭とは、どこかで通じている、
そんな気がして。

今も昔も懐かしい、風が吹いています。


昨日、幼い頃の夢を見ました。
「そんなんしたら、おっちゃん死ぬで」
と言うと、叔父はにっこり笑うのです。
はっとしました。
「あ。そっか!死んでるからええんや」
なんか海で久しぶりに大笑いしました。

とてもリアルで懐かしい、
走馬灯のような映像でした。


ところで、住む主がいなくなると、家は、
刻々とさびれていくと言われていますが、
同時にふるさととなり風景にもなります。

もう無いからこそ有るという、
儚くも・・・明快な存在観は、
未二観の世界観でもあります。

人種や思想、価値観や宗教感をも越え、
人類共通の名残りの風景だと思います。


下記の言葉は、
五節句円坐~上巳の節句にしたためた、
円坐の案内文に、
再び最近加筆したものです。

「未二観 玉手箱 ~ 生と死のタイムカプセル」
あらためましてご案内を送らせていただきます m(_ _)m

もしよかったら、
どうぞご一読ください。
宜しくお願い申し上げます。

それでは、みなさま、どうぞ御身大切に。

・・・

近頃、
年々時の速さが早くなっています。

限られた時間を生きるという事は、
いつか死ぬということであります。

ところが、
「時」が「空間」に満ちてゆくということは、
自己と無がしっかり対峙していることであり、
同時に、無が自己に満ちて空であることです。

他者と自己は、全く一致しないからこそ、
一致しない者同志ふれることができます。

援助や接触という場合、
自己と他者が分かれていて、
自分があるからこそ成立します。

全人生まるごと、
己の様(さま)で出てきて、
相まみえないことには、
誰かにふれるどころか、
会うことすらできないと思います。

死ぬことは、
人生の終わりだという人もいますが、
わたしは違うと思います。

死ぬということより・・
ちゃんと死ねないということの方が、
生きられないことよりも重大な事だからです。

死ぬことは生きることです。

死ぬことと、生きることは、
一見違うことのようですが、
まさしく同じことだなあと、

  しみじみ、生と死の不思議を思ふ

令和の春の風景です。

松岡弘子


<< 未二観 玉手箱 ~ 生と死のタイムカプセル >>

・日時 打合せのうえ日程の調整をします
・場所 戸外で面談、もしくはお電話にて 
・内容 未二観(録音のみ・逐語記録の作成・レビュー等、打合せの上決めます)
・守人 松岡弘子
・費用 お問合せください。

*場所や費用など状況に応じてご相談ください

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 皆様へ。

 

 

 

友に西田幾多郎氏の本を差し上げました。

 

すると以下の文言を抜き出してご感想をくださいました。

 

 

 

『現実の世界とは物と物との相働く世界でなければならない。』

 

 

 

『現実の形は物と物との相互関係と考えられる、相働くことによって出来た結果と考えられる。

 

しかし物が働くということは、物が自己自身を否定することでなければならない、

 

物というものがなくなって行くことでなければならない。』

 

 

 

『故に私は現実の世界は絶対矛盾的自己同一というのである。』

 

 

 

「影舞・未二観・円坐・縁坐舞台ならば、

 

絶対矛盾的自己同一は、

 

この世と彼の世の消息的相聞(対話)でしょうか・・」

 

 

 

 

 

哲学者の言葉ですから難しい言葉だと言えるのですが、影舞や未二観の稽古の中で圧を高めて読むと、

 

親しく身に覚えのある、腑に落ちる表現に変わります。

 

言葉は二度生まれるのですね。

 

 

 

一度目は知的に、平面的に見える言葉として現れます。

 

同じ言葉が二度目には、この世の現実よりもリアルに、奥行きを伴って、「出て」来ます。

 

知的にしか出会えなかった言葉に「身」が伴うのです。

 

 

 

それは知的な記号としてのコトバの読み手だった我々が、

 

身体的な詩(ウタ)としての言葉の「詠み手」に生まれ変わることでもあります。

 

 

 

円坐や未二観の道行きの中で、これらの言葉がスルスルと景色になってきて面白く思います。

 

しかしそうでなければこの道を往く甲斐もありません。

 

西田幾多郎は「彼の世」の人ですが、今もその言葉に息づく彼の「消息」は、この世の日常のコトバよりも、

 

はるかに実在感を伴って届いて来るのです。

 

 

 

相聞とは思い合い、乞い合うことですが、彼此に絶対的に別れた者同士の 「矛盾的恋の成就」 でもあるのだと思います。

 

この彼此の恋は絶対実らない。不可能である。だからこそ、「もうすでに実っている」 と言える確かな文法があります。

 

 

 

昨日ある人の消息を辿りながらふと、未二観に基づく 「未二カウンセリング」 があってもいいなと思いました。

 

 

 

以前行っていた人間中心主義のカウンセリングでは、「自己一致」や「自己肯定」を目標として掲げていましたが、

 

未二カウンセリングでは、「自己が自己に背いてこそ自己」と掲げます。

 

 

 

春のお彼岸円坐(彼岸タクシー)をご案内いたします。

 

 

 

 

 

       未二カウンセラー・彼岸タクシー乗務員   橋本久仁彦

 

 

 

 

 

 

 

皆様

 

 

 

こんばんは。

 

 

 

令和最初の春の彼岸に、

 

「春のお彼岸円坐」を開催いたします。

 

 

 

日頃心の友の書簡を持ち歩いています。

 

手紙を書簡と言ったり消息と言ったりしますが、

 

ふと、万葉集の相聞歌みたいだなと思いました。

 

 

 

そのお便りのなかには、

 

<<この世>> <<彼の世>>について、

 

そしてこれらの二つの世の『境界』について、

 

吟味を重ねに重ねた素晴らしい図があります。

 

 

 

消えざるものはただ誠のみ、と申しますが、

 

この友の冴え渡る野生の智慧深い「識」は、

 

<<彼の世>> にいこうと消えないと思います。

 

 

 

<<この世>><<彼の世>>の『境界』は、

 

「華」であり「様」であり「無垢」であり、

 

・時間の薄くなった空間性

 

・生き返りのときであり目覚めのときである、

 

と、潔活に書かれており、

 

※ 往来 往復 往還することは、すなわち、

 

より深く豊かな人生への期待ではなかろうか?

 

という考察で、最後はしめくくられています。

 

 

 

昨年はしもとさんと箕面萱野でひらきました、

 

その円坐茶堂の如く、

 

見事な友の誠眼に私の眼は見開くばかりです。

 

 

 

さて、

 

この世と彼の世を見渡す境界にこの身を置く、

 

彼の世界の反映なるところの舞台、彼岸円坐。

 

 

 

まさに虚構の世界と実質の世界の境界であり、

 

それは、まさしく縁坐舞台の位相です。

 

 

 

お気持ちがある方はどうぞご一緒に、

 

地元高槻安岡寺町名物巻き浪漫を携えた彼岸タクシー「オデッセイ」にご乗車下さい。

 

 

 

目的地は未定。

 

 

 

お彼岸円坐は、基本ミステリーツアーです。

 

 

 

ちなみに、

 

昨年のお彼岸は高槻駅のある白梅町を出発し、

 

一行雨のふる中かぐやおとくにの洛西界隈へ、

 

柳谷観音、光明寺、菜花畑、角宮神社、竹林など

 

気の向くまま、一期一会の彼岸旅をしました。

 

 

 

ではこの身このままでどうぞお越し下さい。

 

 

 

この春の彼岸のご縁、

 

心よりお待ち申しております。

 

 

 

春のお彼岸円坐 守人 松岡弘子

 

 

 

 

 

<< 春のお彼岸円坐 開催要項 >>

 

 

 

◇ 日時 令和2319 () 1019

 

◇ 集合JR高槻駅

 

◇ 解散JR桂川駅

 

◇ 参加費 一万円

 

◇ 募集人員 4人 (現在 残3席です)

 

◇ 守人 橋本久仁彦さん・松岡弘子

 

◇ 主に道中車での移動となります。

 

◇ お昼は軽食をご用意いたします。

 

◇ お申込み・問合せ <mailto:soumon.enza@gmail.com> soumon.enza@gmail.com 松岡まで





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来週2月20木曜日は、
人日の節句 五節句円坐〜祝祭の宴です。

今年も原で五節句を祝う円坐をひらきます。

「五節句円坐」と題しまして、
年5回の節句を祝う祝祭ホカヒの宴の舞台を、
ささやかながら企画させていただきました。

円坐守人は、
橋本久仁彦さんと松岡弘子が、
今年も務めさせていただきます。

* 2020年の五節句円坐 全日程が決定いたしました *

人日の節句 2月20日
桃の節句 4月8日
端午の節句 6月4日
七夕の節句 7月16日
重陽の節句 10月1日

となります。どうぞよろしくお願い申し上げます。

・・・

人日の節句は、
午前中摂津峡の渓谷や山間を歩きながら、
新年を迎えた身と身で影舞い円坐します。

昼食はこやまさんちの畑や地のものを中心に、
調味料も自然のもので、小山千郁さんに、
四季折々の美味しい節句膳を作っていただき、
原の小山さんのお家で、一緒にいただきます。

小山さんちのお祝いの五節句の膳は、
とても味わい深いです。
自然の中をたっぷり歩いたからだに、
すみずみまでしみ渡ります。

そして、午後からは小山さんも御一緒に、
原八景をめで、影舞う原歩きの円坐です。

人生の節目節目におとずれては、
それぞれ会う事を約した場所で、
旅の途中、我々のこの道行きを、
時に仕合い、祝いましょう。

新年最初の五節句 人日の節句は、
2020年2月20日 (木) に開催いたします。

開催要項は最下段に掲載しております。
五節句円坐は、少人数での開催のため、
募集定員は各回とも少数となっております。
すでに問い合わせをいただいたり、
申込みをいただいておりますので、
関心のある方は問い合せください。

悲しみや痛みから目をそらしたり、
すり替えたり取り除くのでもなく、
そこに在るものとして生きてゆく。

花が自ずと時節を知っている様に、
やがて、道端でひっそりと咲いて、
人知れず散ってゆく、
それも、歴史であり、
本や教科書、システムや制度の中にはなく、
人の心の中にあり、
人と人の間にあらはれます。

歴史とは死者たちが生きている「証」です。
いまいちど「舞台」として見直す時期が、
来ているのではないかと痛切に感じます。

どんな人の人生にも、
人として人にふれて影舞うことのできる、
祝祭舞台があることを切に願っています。

それでは、
ご縁ある方のお越しを、
お待ちし申し上げております m(_ _)m

五節句円坐〜祝祭の宴 守人  松岡弘子

※ 五節句とは?

 旧暦一月 人日の節句
 旧暦三月 上巳の節句
 旧暦五月 端午の節句
 旧暦七月 七夕の節句
 旧暦九月 重陽の節句

のことで、中国唐の時代、季節の変わり目を節(せつ)と呼び、
鬼神に食べ物を供えたという意味で節供ともいわれたそうで、
式日の行事として日本にも伝わってまいりました。
現在は、桃の節句や端午の節句・七夕さんなど、
庶民にとっても馴染み深い祝祭の日であります。

 ※祝祭ホカヒの宴とは?

この世で彼岸と此岸が、
メビウスのわの様に螺旋を描き映しあう、
目に見えないカラダとの文化交流であり、
今という瞬間が存在しないのと同じ様に、
今は昔であり今は未来であるということ、
そして、
他者の中に面影となって生きるという、
自分が他者の時空=からだに収束する、
死せずして新たに生まれる縁起を祝う、
そのような文化であり、宴であります。  

更に身と身で向かい合うことによって、
「む」は身「かう」は交じることなら、
彼岸と此岸の間で螺旋を描いてうつす、
映し身になりあって仕合うことであり、
目に見えないからだと身の交流が生じ、
他者と重なるおたがい様の縁起を祝う、
縁坐影舞、即ち、円坐舞台となります。

< 「五節句円坐」~ 祝祭ホカヒの宴 年五回 開催要項 >

◆ 日 時 :  2020年5回 9:30頃~16:00頃

人日の節句 2月20日
桃の節句 4月8日
端午の節句 6月4日
七夕の節句 7月16日
重陽の節句 10月1日

◆ 場  所 : 大阪府高槻市 摂津峡から原にかけて

◇ 五節句 食事 料理人 : 小山千郁さん(高槻市原「こやまさんちのお台所」) 

  五節句 円坐 守人 : 橋本久仁彦氏 松岡弘子

◇ 参加費 : 年五回 五節句各回 10,000円(お食事代2,000円・円坐参加費8,000円)

◇ 募集定員 : 各回 約三名

◇ お申込 : soumon.enza@gmail.com 松岡まで



京都梅小路公園にて開催いたします【相聞円坐@梅小路】のご案内第三弾です。

橋本久仁彦さんそして橋本悠さん、松岡弘子の案内の言葉です。
どうぞ御高覧ください m(_ _)m

・・・

昨日は石切での「円坐の生と死」のクラスでした。
遠方から来て下さる方々の胸を借りて、自分の娘と息子が堂々と仕合う姿を見ることが出来ました。

僕がやがてこの世を去る時に、子どもたちに遺せるものは、僕が「共に生きた」と感じている仲間達とその関係そのものである、と思っています。

自分の大切な子どもたちに、「仲間」や「関係」を「遺す」というようなことができるのでしょうか?

「個人主義」という思想が世界的に猛威を振るう時代に、「自立」や「自己実現」や「本当の自分」というような、活きてはいない静止した思考と、それを「得る」ための方法としての「瞑想」や「ワークショップ」といった言葉をセットで見聞きしています。

大学での授業の時にも、学生や先生方から「○○瞑想」ということばを聞くことがあります。
いわく(自分)「自身」の、(自分)の「スペース」を大切にして、本当の(自分)自身のエネルギーを、(自分が)「見る」(自分が)「感じる」というような表現に、僕は戸惑いを覚えます。

彼らがその言葉を口にするとき、その文脈から、「仲間」や「人間関係」は不確かで変わってしまうものだ、他人に重きを置いたら結局は傷ついてしまう。他者は思い通りにはならない。だから自分を大切にし、本当の自分自身でありたい、ブレない、揺れない自分が欲しい、そのために瞑想をするのだ、というような思いを感じているからだと思います。

他者という存在=人間関係から身を引いて、より一人に、より楽になりたがっているかのようです。
僕は学生たちと、「てるぺん」という椅子の形の積木を積み上げて遊び、それから円坐と影舞をご一緒して、「存在する」とは、「生きる」とは、「一人になる」ということが不可能であるということである、と示します。

なぜなら、「我々」が即「人間関係」であるからです。
なぜなら、「私」が即「他者」であるからです。
我々がそのまま「社会」であり、「私の人生」は「他者との関わり」とともに初めて生まれ、「他者との関わり」とともに初めて消滅するからです。

ゆえにこの世界とこの人生においてもっとも重要で重大な案件は「他者」です。
「自分」はなくても困りません。しかし、他者がいなくては自分は存在すらできません。

僕にとって「瞑想」とは、「自分が」する何かではありません。
瞑想とは「他者の思い」のことです。なぜなら「この世」にはそれしかないから。
瞑想とはこの世界のことです。この世界が「他者の思い」でできているから。

この一点、この「逢阪の関」を越えて初めて、未二観は瞑想だとか、影舞は瞑想だ、円坐や辿りは瞑想だ、と表現することも可能かと思いますが、しかしもはや瞑想という言葉を用いる必要もありません。
瞑想する者はいないからです。

「この現実世界、すなわち他者を生きる」 という以外に付け足すものはありません。

外から見る限り、未二観は「何もせず、何も起こっていないもの」、影舞は「いつまでやっても分からないもの」、円坐は「愛と信頼のない人間関係のるつぼ、あるいは地獄」という判断で構わないと思います。正しく、地獄が僕のふる里であり職場です。

生駒石切に集うということは、円坐の生と死に立ち会うということです。それは敢えて愛と信頼のない人間関係を生きようとする「名乗り」であろうと思います。
対峙して仕合い、振れて、揺れて、倒れ、再び対峙して仕合う一途な思いは、外側に感じる「時間」ではなく、主体的に生きられた腹底の「時」となって実現し、「セイムページ」が起こります。その瞬間「人間関係の地獄」はそのままおのずから「愛と信頼」に転じます。
「地獄」がそのまま最高の景色であったという覚醒。
ゆえに誰かが用意してくれるような「愛と信頼」は必要ありません。
あえて「地獄」になった彼らこそが「愛」であり、彼らをおいて「信頼」に価する人間は他にいないからです。

その石切の稽古場で切磋琢磨する二人が、再び今度は京の町にて円坐を立ち上げます。

「相聞円坐」。

円坐衆が他者同士として、定められた時間の中で互いを辿り合うという事。
他者であるがゆえに、自分に対するよりも真剣に耳を傾けることを迫られるということ。
円坐という結界舞台の時が熟して往くにつれ、やがて自分が落ちてただありのまま「相手」を辿っているということ。
その刹那、相手は自分であり自分は相手であるということ。その道行きを「相聞円坐」と言う。

「相聞円坐@梅小路」の守人の一人、橋本悠は僕の息子です。
彼のご案内の文章の一言一句を誇らしく思います。
改めて彼が息子であることに驚きを感じています。
そして自分が彼の父親であることには、言葉もなくただ感謝して天を仰ぐのみです。

このたびの相聞円坐@梅小路の舞台成立を、心よりお祝いいたします。 

   生駒石切「円坐の生と死」守人   橋本久仁彦

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皆様

こんにちは。
円坐のご案内【相聞円坐 @梅小路 】です。

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松岡弘子 案内文
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皆様

梅が咲き始める頃、
京都梅小路公園の、
朱雀の庭を見渡せる緑の館の2階の茶室で、
令和二年二月九日(日)相聞円坐をひらきます。

梅小路公園は、新しい公園ですが、
懐かしい大切な思い出の場所です。

懐かしい面影が残っていて、
新鮮な風が、吹いています。
ご縁をお待ちしております。

ところで「継承」するというのは、
一体どういうことなのでしょうか。

それはその人みたいになることでも、
手元を見て技術を学ぶことでもなく、
仕事をする人の背中をずっと見て、最期まで見届け、
その人がいつか大切な場所を空けてくださった時に、
自分は唯自分の仕事をやりきると、
その人の、本来の「働き」が生まれ、
その人の働きが自分の中で発動しているような、
すでに、もうパスされているというのが、
本当の「継承」であるのではないか、
ということがわかってきました。

継承は、とても自分が揺れます。
誰もその事を教えてくれません。
なぜなら、当たり前の事だからです。

揺れたりせずに、
本当の姿を見せ合わないで、
なにも継承されることは、ないのではないでしょうか。

円坐舞台では、、
天と地で賑やかに事が興こったり、魂が鎮まっていくことがあります。
円坐舞台や影舞でのお辞儀は、決して社交や謝罪ではありません。
魂が地に鎮まってゆく土着の姿勢です。

それではご縁ある皆様のお越しを心よりお待ちしております。

くぅ 松岡弘子

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橋本悠氏 案内文
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皆様ご無沙汰しております。

2020年の1月が早くも終わろうとしています。
年始を迎えるたび、時間の流れが早くなるように感じます。

時間の流れもそうですが、先月人生初めて円坐守人兼主催をしたのに、今回でもう3回目です。
初めて守人をしたイブイブ円坐の後はもう暫くすることはないかなと思っていたのですが、予想に反して機会が多く巡ってくるのは有難い事だと思います。

梅小路公園は今回初めて訪れる場所で、結構広い公園なんだなぁと言うことくらいしかわからないですが、今回誘って下さったくぅにとって大事な場所だということなので、行くのが楽しみでもあります。

自分に何が出来るとか、他人に何を与えることができるなどとは思いません。
僕が持ち込めるのは自分自身の全身全霊なだけで、それでも自分は何もできないものだと考えています。
だからこそ、臆しながらも何処へでも行き誰とでも会うことができます。
円坐とはそう言うものだと思っているので、一見優しくはない場ですが、自分が傷つくのを承知で人と向かい合うことが最高の優しさだとも思うので、そこを捉えるならどこよりも優しい場になると考えます。

至らぬところばかりですが、当日はどうか宜しくお願いします。

橋本悠

< 相聞円坐 @梅小路 開催要項 >

◆ 日時 : 2020年2月9日(日)9:30〜16:30

◆ 場所 : 梅小路公園 緑の館 茶室2(京都市下京区観喜寺町56-3)

◇ 守人 : 松岡弘子・橋本悠

◇ 参加費 : 7,000円

◇ 昼食 : 
公園内には、京野菜レストラン・梅小路パークカフェ・市電カフェなどもあります。各自払いでお願いします。

◇ 申込み・お問い合わせ :
松岡弘子 soumon.enza@gmail.com
橋本悠 kagemai@au.com


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皆様

新年あけましておめでとうごさいます。

本年もどうぞ宜しくお願いいたします。

令和元年最後は、天下分け目の天王山と淀川に挟まれた山崎の地にて、イブイブ円坐を開催いたしました。

ご一緒いただいた皆様、守人を共につとめてくださった悠君、おかげさまで、忘れ難き場となりました。

わたしにとって誇りです。
ありがとうございました。

新年、再び、山崎の地に参ります。

今度は、京都在住のさいちゃんと大阪在住のくぅが年に一度の一滴大海円坐を山崎で開催いたします。

心理操作や教育により人生を集団や社会に適応させる風潮に疑問を感じつつ、明日の人日の節句の朝は七草粥を炊いて、円坐舞台の新年到来をささやかに祝いたいと思います。

では、ご縁ある皆様方のご参集を、心よりお待ちしております。

一滴大海円坐 守人 松岡弘子

 
< 一滴大海円坐 山崎舞台 >
 
 日 時 : 2020年1月26日 (日) 10時~16時  

 場 所 : 大山崎ふるさとセンター 和室1

 最寄駅 : 阪急京都線 大山崎 徒歩 2分 ・ JR山崎駅 徒歩8分  

 住 所 : 京都府 乙訓郡 大山崎町 字大山崎 小字竜光 3

 会 費 : 6,000円

 守 人 : さい西條読真  くぅ松岡弘子

 内 容 : 円坐・影舞

 申 込 : soumon.enza@gmail.comくぅ松岡弘子





みなさま

秋もいっそう深まり、
冬はもうすぐですね。
いかがお過ごしでしょうか。

このたびは年末に、
二十四節気では冬至にあたりますが、
クリスマスイブイブの前夜祭として、
前夜祭 ~ イブイブ円坐 を開催いたします。

それでは、各守人よりご案内申し上げます。


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 守人:橋本悠氏 御挨拶文
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日差しはまだ強いものの少しずつ寒くなってきました。
寒くなってくると僕は、その年の思い出を整理するように思い返すことがあります。
2019年もあと少し、皆様いかがお過ごしでしょうか?

2ヶ月後にはオリンピックも控える2020年になりますが年が明ける少し前、クリスマスイブのイブに人生初の「守人」をしてみようと思います。

僕、橋本悠にとっての2019年は「変化」と「新しい」の1年でした。
今まで意識して関わらなかった円坐に関わりその過程で考え方や感じ方、物の見え方なども変化して、更にその先にいる今まで出会えなかった人達と新たに出会い、さらにさらに価値観や世界観に触れさせてもらう。

この1年は「会いに行く」事してきましたが、その最後に「迎える」事をするのは「変化」「新しい」をしてきた2019年の中で当然な帰結のようにも感じます。

昔から自分が嫌いだった僕は、自分を演らなくて良い時間を作れる役者の道へ進み、色々な役に触れる内に「面白かった」と言って貰える自分が演ってきた役に対する誇りが生まれ、その役を支え実現してきた自分を許容し、「好きになる」というよりやっと実在の自分と重なることが出来ました。

その後、舞台という虚構では無く現実で自分という人間はどれだけ人の役に立てるかを探りながら役者を辞めてしまいましたが、役者をやめて3年たった今、僕は人の役に自ら立とうとは考えていません。
加えて僕の現実は虚構の中にある事も気づき始めました。
舞台の中で自分を見つけたのだからこれも当然なのかも知れません

現実逃避と言われたらそうかも知れません、病気と言われたらそうかも知れません。

でもそこはどうでも良いのです。
現実と虚構に白黒つけるつもりも無くどちらでも良いです。
どっちつかずで不定形、形容し難いものこそ現実で
どっちにも転び手のひらも返せる白黒では無くグレーな部分、それこそ可能性であり人間性だと思ってます。
そしてその時起こる葛藤が僕には美しく映ります。

自分以外のものに隷属しない、その先に自分にすら縛られない自分で居られる
そんな虚構のような場がもしあるなら、皆さんの世界観と力を借りて現実に呼び起こし一緒に垣間見られたらと考えています。

こうして僕自身が自分であり続け、万が一それが誰かの役に立つことがあれば、それこそ自分が誰かの役に立つことだと今は思っています。

2019年は色々な人たちの世界観に触れさせてもらいましたが、その最後にこの橋本悠の世界観を覗いてみようと気にしていただける方がいれば、僕にとっての2019年は大成功で幕を閉じると思います。


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 守人:松岡弘子 御挨拶文
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  今年は、どのような一年でありましたか


自分にとりましては、
色々終いの時期にきております。
おかげさまでドサ廻りも始まり、
巡業幕開けの一年でありました。

お世話になりました皆々様方、
誠にありがとうございました。


先の秋のお彼岸、
関ケ原古戦場円坐で、
小早川秀秋陣跡松尾山山頂にて、
影舞い円坐守人をつとめました、
橋本悠氏と松岡弘子が、
円坐守人をつとめます。

彼の初の円坐守人は、立派でした。

挨拶の口上も辿りも、
人の情けに厳しく磨かれた、
闇を照らす黒き刄の如きでした。

普段は、
動物と心通わす優しい青年です。
少なくともわたしには、
とても優しい青年です。

一見、別人のように見えますが、
彼は同時に、
己れへの厳しさや、苦しみを、
亡きものとせず、己れのものとし、
大切な人を敬う心を生きています。

彼の影舞を一度観た方は、
腹落ちするとおもいます。


あれから三月。

天下分け目の関ケ原古戦場跡から、
天下分け目の天王山の麓大山崎へ。

場所は移りまして、
京都と大阪の境の地、大山崎にて、
朝から夕まで一日円坐に坐ります。


日が暮れて、お天気もよければ、
有志でゆっくりと天王山を登り、
山崎や対岸の男山の灯火を背景に、
Christmas前夜祭影舞をひとさし、
舞うナイトハイク企画もあります。
雪など舞えば最高のイブイブです。
ナイトハイク有志参加は任意です。
関心ある方はお申込み下さいませ。


それでは、
ご縁をお待ち申し上げております。


松岡弘子


<< 前夜祭 ~ イブイブ円坐 開催要項 >>


◆ ◆ 日時 ◆ ◆ 
2019年12月22日(日) 9:30~16:30

◆ ◆ 場所 ◆ ◆
大山崎ふるさとセンター(京都府乙訓郡大山崎町字円明寺小字夏目3番地) 一階和室1

◆◆  円坐守人 ◆ ◆
橋本悠 松岡弘子

◆◆  参加費 ◆ ◆
7千円

◆ ◆ オプション ◆ ◆
『天王山ナイトハイク ~ 夜景影舞』
 *天候次第では中止する こともあります。(参加は任意ですが要申込)

◆◆  問合せ・申込先 ◆ ◆
松岡弘子 soumon.enza@gmail.com
橋本悠  kagemai@au.com

◆ ◆ 会場アクセス ◆ ◆
阪急京都線 大山崎駅下車すぐ 
JR東海道本線 山崎駅下車徒歩3分


各位。

 

ゆうべは影舞山月記(鬼)のクラスが新たに始まり、今日からは生駒石切で「円坐の生と死」の8か月間の旅路が

始まる幕間にいて、この文を記しています。

大きな仕合いの前の、この張りつめたひとときが好きです。

 

影舞山月記(鬼)では、常に舞台に立ちながら、「私の生死」や「私の有無」を味わっています。

ゆうべの舞台のように、影舞がたとえようのない美しさを湛え、我々の魂が魅入られるとき、そこには何があるのでしょうか。

 

無垢の「舞い方」となって舞う「方々」が、舞台空間の「方々」に広がり、客席で観る我々に空気感として射し込んで「来る」。

物理的な舞台空間がふくらんで上昇し、重層する異空間への「方向性」となる「とき」、それを影舞の「華」と呼びます。

 

「華」とは時間が薄くなった「空間性」のことで、その「とき」空間は歪んで、実質をもった「方向性」となっています。

舞い方が、舞台上で華となる「とき」、そこには時間が無く、空間もなく、客席の人々に向かって射し込んでくる方向性だけがある。

より実感の伴う言葉で言えば、「まなざし」だけがある。

これは舞っている本人がまったく「気づく」ことのできない「まなざし」です。

 

その「とき」、見ている我々は、またたくまに魅せられ、賦活され、刷新されています。

我々はその「とき」にのみ、生き返り、目が覚める。

 

このまなざしの道、目覚めの道(未知)が縁坐舞台の肝心要です。

そこから振り返って還り道、再び時間と重力と景色が生じた時、

その「とき」の「目覚め」は眠りについて「我々」という夢となる。

 

これが縁坐舞台という結界の「外」、すなわち「この世」です。

 

影舞によって(依られて)実体のある方向性となった舞台空間、

あるいはまなざしで満たされた舞台空間のことを「様(さま)」と名付けます。

 

影舞山月記(鬼)では、お互いに舞台上の「様」を見合い、仕合って、お互い「様」となります。

「様」は、「作品」のようには残らず、時間の中で通用するような評価や価値を持ちません。

「とき」満ちて、通常の時空間は歪み、裂け、そして咲く華が「様」です。

 

華が咲かなければそれは「無様」であり、ざまァ見ろ!という時の「ざまァ」でありましょう。

ゆえに僕などはいつもお辞儀をし、土下座をしております。

 

土下座をしながら舞台で仕合うことを続ける旅路をドサ廻りと言うのならば、

僕の仕事は正しく「円坐影舞ドサ廻り」であると思います。

 

今月23日土曜日、大阪高槻の「南風楽天」にて影舞の「様」を仕合う祭りがあります。

ちなみに23日は僕の「月誕生日」です^^。

 

史上初となる記念すべき “影舞「様の祭り」” に僕もひとりの影舞人として参上いたしますが、なんと。。

僕の娘と息子、そして妻がそれぞれの「様」を仕合うためにこの日、南風楽天に集結し、舞台に上がります。

僕にとっては人生で初めて、家族全員で影舞舞台を仕合い、お互い「様」になります!

どんな「様」になるかしら。ドキドキ。。今から土下座しておきたい気分です。。

 

 

                       橋本一家 影舞父さん   はしもとくにひこ

 

 

 

 

みなさま

11/23土曜の祝日に “縁坐舞台 影舞 「様の祭り」” を開催いたします。
前回の円坐いろは 〜 影舞夏祭りは、真夏の盛りの開催でした。
広島、静岡、名古屋、京都、兵庫、そして大阪の各地から、熱き影舞人がご参集くださいました。
誠にありがとうございました。

名古屋からお越しくださった方々が
「名古屋にはない大阪独特の泥臭さが新鮮です」
「表面的な影舞とは全然違います」
と仰られ、
幕間の短い時間でしたが、
舞台観を語りあいました。

とても有り難い言葉でした。

縁坐舞台に真剣に立つ者ならば、
何がそこに込められているのか、
即わかる言葉でありました。

あれからもうすぐ三ヶ月、
季節はめぐり、
すっかり秋になりました。

秋深まるなか、
来月の下旬11月23日に、
今回は、橋本久仁彦さんと共に、
縁坐舞台 影舞 「様の祭り」 を開催いたします。

影舞や縁坐舞台を、
真剣に観てくださる御客様から、
「なにか宗教ですか?」
「これは能の世界と同じですね」
「巫女さんみたいだ」
という言葉をいただくことがあります。

真剣な影舞の舞台の無垢性は、
宗教以前のアニミズム信仰や、
縄文時代の土着神に直結する、

あるいは、鎌倉時代の悪党や、
芸能の民が引継いできた魂が、
おのれの心身を裂き、砕いて、

咲け、咲け、咲け、咲けよと、

刹那に叫ぶからではないでしょうか。

影舞は実際に大声で叫びません。
むしろ、言葉は発せずしずかに、
相手を観て対坐します。

そこでは、もうすでに、
ふたりの真剣な仕合は始まっています。

と同時に、

指先がふれるまでの間に、
実は全て終わっています。

お辞儀が影舞の肝心です。

親や師や敵を敬わず、
不満を吐き散らす人に、
このお辞儀を伝えても、
伝わりません。

影舞が咲くのは、お辞儀如何です。

そこで、

本気の舞台、

他流舞台の仕合など、

いちど本気で試みてみたいと考え、

参加者・出演者・スタッフ・守人の間で、

居所や景色を確認、仕合いながら、

“縁坐舞台 影舞「様の祭り」”を鋭意企画しております。


皆様のご縁を、スタッフ・守人一同お待ち申し上げております。




                               縁坐舞台 影舞 「様の祭り」
                        メインスタッフ 橋本 悠
                            円坐守人 橋本 久仁彦
                            円坐守人 松岡 弘子

 


南風楽天縁坐舞台 守人 松岡弘子




<<“縁坐舞台 影舞「様の祭り」”」開催要項 >>


【開催日時】

2019年11月23日 土曜祝日
10時~17時 開演時間
17時~20時 寄合

【開催会場】

食堂 南風楽天(大阪府高槻市高槻町1-23)


【参加費】

1万円 (寄合飲み物代実費)

【縁坐舞台 守人】

橋本久仁彦 

松岡弘子


【縁坐舞台 メインスタッフ】

橋本悠

【申込先】

soumon.enza@gmail.com 松岡弘子まで

【第一幕】

特別ゲストによる京舞
返礼の影舞の縁坐舞台

そして、

特別ゲストの方に影舞の舞台空間、「様」 を即興で置いていただきます。
⇒「様(さま)」とは影舞によって生じる舞台空間のことで、未二観の15分の空間や円坐の結界空間と通じています(橋本氏談)。

【第二幕】

(四分間の未二観空間から影舞舞台空間、「様」へ)

参加者の方でふたり一組になっていただき、
舞台上で四分間づつの未二観をしていただき、影舞の舞台 「様」 を全員で観合い、仕合って、「様々」となります。

【第三幕】

橋本久仁彦氏の影舞稽古や観二観・縁坐舞台・守人稽古を受けられた方に、
実際に「様」を作っていただき、
おのれの人生とともに舞台に立ち、
そのままの姿でありのままを影舞い、
関ケ原合戦のように、
影舞舞台「様」どうしの合戦=「お互い様」を執り行いたいと考えています。

現時点での、
やりきりたいこと、
企画するにあたって提案させていただきました。


現場は円坐です。

どうなるかはわかりませんが、
さいごは、方々、様々への御礼、手向けとさせていただきたく、

松岡弘子と橋本久仁彦氏の、
令和元年11月23日の「様」 を、南風楽天の舞台上に置かせていただきます。


                            以上。








 


皆様へ。

先日の、生涯記憶に残る関ヶ原古戦場円坐を終了して、我がふるさとへ帰還し、
感無量の余韻に浸っておりましたが、このタイミングで暮らしの祭事 菊(聞く)の節句影舞があり、
心とからだを落ち着けることができますことを、ありがたく思っています。

関ヶ原古戦場円坐には東西から13人の円坐武将が参戦しました。
「今は昔」と幻想の関ヶ原を駆け巡って七ヶ所を訪れ、東軍西軍それぞれ三つの円坐と影舞を行いました。
また日を改めて「関ヶ原古戦場円坐物語」としてご報告したいと思います。

今回は秋の高槻・原の里で五節句膳をいただきます。
小山さんの五節句膳は、いつも季節折々の旬のもので豊かに心身が満たされ、格別です。

以下の案内文に、「人と人が土着し真剣にふれあう舞」とあります。

人とは目の前に臨在する方のこと。土着とは目の前の「その人」という時空間に「土着する」ということ。
未二観では、聞き手が15分間の空間体となり、話し手の言葉を辿ることでその方の空間に土着します。

15分間の「土着空間」は世界中のどこに持って行っても、その地で音となって花開くことができます。
影舞の数分間も同じく、世界のどこでも面影となって揺らめきます。「どこでも」とはすなわち「縁坐」。
円(縁)坐とはどこでも咲き開く音の華。
きくみるはなす縁坐舞台と申し上げるゆえんです。


菊の節句影舞守人 橋本久仁彦


みなさま

朝晩涼しくなってまいりました。
初秋いかがお過ごしでしょうか。

菊の節句 影舞のご案内です。


来週の木曜日は五節句のさいご重陽の節句ということで、一年を通じて開催して参りました<< 暮らしの祭事 五節句 影舞 ~稽古と食事と影舞と~ @高槻市 原 >>の最終回で早いもので、五節句影舞も季節がめぐりめぐって秋を迎えます。

人に会い、土地をめぐりてゆくこの旅は、実際にその土地に足を運んで歩いて、ふれてみるまでまったくわからないものがあります。

イメージや想像や安易な想定など吹き飛んでしまう、そこにひとり立ち、見てくださる方々のまなざしのなか、脇前ひとつであらはれる世界があります。

ひとつの視点で固定され作り出された景観とはまったく別の、ご縁ある人のまなざしによってあらはれる、静かな動く八景という世界があります。

相方とふれあい入れ子になってゆくと、向こうから照らされた我が身は我が身であつかえない影身となり、本当のからだである周囲の風景は懐かしく鮮やかに静かに光速で動き始めます。

影舞は決して巫女さんの舞ではありません。普通の人と人が土着し真剣にふれあう舞です。

影舞は、この世とあの世を映し合う鏡のような、人と人との無分別な境地に、わきまえただ人と居ることでもあるとおもいます。

菊の節句に原八景をめぐり後生寿ぎ参ります。五節句影舞の守人は、橋本久仁彦さんと松岡弘子です。

そして、お昼にいただく五節句膳は、小山千郁さんの心のこもったお料理です。

それでは、ご参集くださいますご縁を心よりお待ちしております。

菊の節句影舞 守人 松岡弘子


 << 暮らしの祭事 五節句 菊の節句影舞 ~稽古と食事と影舞と~ @高槻市 原 ご案内  >>

◆ 日 時 :

重陽の節句 2019年 10月3日(木) 10:00~16:00

◆ 場  所 : 大阪府 高槻市 原地区の民家

◇ 五節句 食事 料理人 : 小山千郁 

  五節句 影舞 守人 : 橋本久仁彦 松岡弘子

◇ 参加費 : 各回 5,000円

◇ お申込 : soumon.enza@gmail.com 松岡まで





 

 

 

 

みなさまへ。

 

 

 

かねてより一度、円坐や影舞を重ね映してみたかった関ヶ原に参ります。

 

 

 

題して、「関ヶ原古戦場円坐」です。

 

 

 

昼間でも関ヶ原の町を歩くと、今も合戦の音声が聞こえてくるような「息遣い」を感じます。

 

見た目は現代の街並みですが、未二観として時空を結界し、聴き辿ると、空間の中に我々以外の者どもの息遣いがあります。

 

 

 

影舞もまた指先と指先とが咲き合わさった時空結界です。

 

真摯な影舞の運びは、そのまま異なる重力空間の現出ですが、それは目には見えぬがゆえに、

 

可視の物事よりもっとはっきりとあらわに存在し、我々に影響を、影からの響きを与えています。

 

 

 

僕はまだ関ヶ原の夜を歩いたことはありません。

 

「昼間」と「夜」の関ヶ原は、まったく違う別の二つの世界なのかもしれません。

 

 

 

同じように、肉体や個人としての人の見え方や「人間関係」とはまた別に、

 

目に見えぬ波の動きや、粘りつく空気として寄って来るもの、

 

依り合い、呼び合ってくる「モノ」と「モノ」としての「人・間・関・係」があります。

 

 

 

僕は、関ヶ原の地で、慣れ親しんできた「心理学」や「ファシリテーション」、「受容」や「共感」、

 

「ポジティブ」や「ネガティブ」、「私」や「あなた」といった頭の「よりどころ」を離れて、

 

たった15分間のミニカン(未二観)や、ただ空っぽの円坐を置いてみたいと思います。

 

 

 

「空っぽの円坐」とは、時空が無数に重なり合った「60分間」や「90分間」の「関ヶ原空間」のこと。

 

 

 

未二観は広がって空っぽの円坐(円空坐)になり、円の中にはあらゆる空間がおさまります。

 

 

 

影舞は指の「先」の時空の「裂け」ですね。

 

裂けは咲けであり、そこから膨大な生きて逝く力が降り注ぎます。

 

降り注ぐといっても上から降って来るのではなく、ただそこにあらわになり、ただ咲くのです。

 

ゆえに、「裂け」は「咲け」であり、「酒」となります。

 

関ヶ原に寄り合った我々は、関ヶ原の酒を酌み交わしてしばしこの世を忘れるでしょう。

 

 

 

 

 

言葉の端から指の先、

 

     縁(えにし)に坐る坐衆方

 

 

 

辿り辿られ指し指され

 

      影舞う我らの道行きは

 

 

 

この世を越えた関ヶ原

 

友の笑顔の咲きヶ原。

 

 

        関ヶ原古戦場円坐 守人 橋本久仁彦

 

 

 

 


みなさま

 

お盆に、

うちの近くの山の名を、息子から教えてもらいました。

「帯仕山」と書いて「オビシヤマ」と読むそうです。

お盆に帰ってた息子が昔よくランニングしてた山で、

帯仕山の隣りには芥川山城のあった三好山が連なり、

三好氏は帯仕山に本陣を置いて、

三好山の山城を落とし、

そこに本丸を置き入城しました。

北と西は急崖な摂津峡、南に芥川、東は帯仕山という、

天然の要害さながら、

三好山の山城は、戦国時代、摂津の拠点となりました。

 

 

そして今年のお盆、 田舎に帰省した際、

久々に徳島の三好の祖谷を訪れました。

祖谷峡と呼ばれる深い渓谷と、

急峻な山々に囲まれた地形のため、

独自の習俗や口承芸が発達した祖谷には、

安徳天皇が屋島の戦いで落ち延びた平家の落人村伝説があったり、

鎌倉時代に木地師が住み着いたという伝承があったり、

三河出身の蜂須賀氏が淡路や阿波を支配した際、祖谷も幕藩システム下に組み入れようとして激しく抵抗し祖谷一揆も起きました。

 

そんな祖谷の地の「かづら橋」の前で、

叔母が「祖谷のこひき唄」を、

ふと口ずさみました。

 

昔叔父と渡った時のことをなぜか思い出しました。

 

阿波踊りの「ぞめき」「よしこの」とはまた違う、

とても哀愁深いメロディと歌詞がなぜか残ります。

 

今年はしもとさん率いる徳島上勝の後生の寿ぎ出稽古で、

徳島の民謡はありますかと尋ねられた折、田上さんが、

「祖谷のこひき唄ならあるんよ」

と仰ったのも、同時に、思い出されました。

 

人と人、土地と人、土地と土地との間には、

生きてるときよりも、

死んでからなおいっそう、

めぐりめぐって引き合せる、

たしかな縁があるようです。

 

 

「祖谷のこひき唄」

 

祖谷のかずら橋ゃ 蜘蛛の巣()の如く

  風も吹かんのに ゆらゆらと

 吹かんのに 吹かんのに 風も

  風も吹かんのに ゆらゆらと

 

祖谷のかずら橋ゃ ゆらゆら ゆれど

  主と手を引きゃ 怖くない

 手を引きゃ 手を引きゃ 主と

  主と手を引きゃ 怖くない

 

祖谷の源内さんは 稗の粉むせた

  お茶がなかったら むせ死ぬる

 なかったら なかったら お茶が

  お茶がなかったら むせ死ぬる

 

祖谷のかずら橋ゃ 様となら渡る

  落ちて死んでも もろともに

 死んでも 死んでも 落ちて

  落ちて死んでも もろともに

 

粉ひき婆さん お年はいくつ

  わたしゃひき木と うない歳

 ひき木と ひき木と わたしゃ

  わたしゃ ひき木と うない歳

 

 

尊敬する叔父の最後の仕事の集大成の地、

関ケ原古戦場跡にて、

念願の後生の縁坐影舞を開催いたします。

 

橋本久仁彦さんとともに、精一杯、

円坐守人を務めさせていただきます。

 

各自、お気に入りの陣地や風景にて、

影舞や円坐など、

悠久の時空の中でを味わいましょう。

 

 

ご参集くださる皆さまのご縁を、

お待ちしております。

 

 

関ケ原古戦場円坐 守人 松岡弘子

 

 

< 関ケ原古戦場円坐 開催要項 >

 

開催日時 : 2019922()10時~923()秋のお彼岸 16

守人 : 橋本久仁彦 松岡弘子

開催地 : 岐阜県不破郡関ケ原町関ケ原

申込み : soumon.enza@gmail.com 松岡

集合場所 : JR関ケ原駅 交流館前 

宿泊場所 : 旅館 神山

解散場所 : JR関ケ原駅

参加費 : 28,500(22日夕食・宿泊・23日朝食込み/レンタサイクル代等各自負担)




 
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西国街道沿いの摂津国箕面の、
萱野重實の旧邸におきまして、
「後生の寺子屋 円坐茶堂」初会を、開催いたします。


以下ご案内と開催要項となっております。

ご縁をお待ちしております。


くぅ 松岡弘子



~~~~~~~~~~~~~~~~


 

高知の田舎には、村を通る旧街道沿いに、「茶堂」という畳三畳か四畳程の広さの小さなお堂がある。

国境を越えて来る旅人を、土地の者がこの茶堂で歓待し、円坐のような交流の時間を持っていたそうだ。

お互いに出来事や生活を伝え合い、人柄を知り合っていくその相(すがた)に縁坐舞台を重ねて、円坐(縁坐)茶堂と呼んでみたい。

 

「後生の寺子屋」とは、時間と空間の境界に置かれた円坐茶堂の中で行われる円坐と縁坐舞台のことである。

堂内の様式は、左右に影舞、正面に未二観の時空が置かれ、参入者は水中メガネで海の中を見るように、

波の形に惑わされず、自分の姿(素型)や自分自身の底を見る。

15分間の未二観と同じく、「自分の生死の間」という限られた時間にどう応え、どう生きているのか、

いわば人生という「15分間」に対する応答として、自分が今している生き方が、裸の事実としてはっきり見える。

この立ち位置が「後生」であり、後生とはすなわち、一度自分を手放して死ぬことである。

 

この後生の寺子屋円坐茶堂は、余命を自覚し、魂が発火した切実な旅人にとっては慈悲の学び舎となり、

自分の後生を言祝ぎ、縁起の茶を一服する甘露の茶堂となる。

茶を一服するのも生死の間であり、その刹那、円坐茶堂に自分を「分けて」判断する分別心はない。

「ポジティブ」というものはなく、ゆえに「ネガティブ」もない。「構成」も「非構成」もなく、「共感する」も「尊重する」もない。

ただ円坐と影舞が未二観に融けた土佐の古い茶堂があるのみ。

 

こうして円坐茶堂は路傍の古い茶堂に立ち戻り、何の変哲もない小さな朽ちたお堂としてそこにあるが、

同時に否定肯定の妄分別を離れ、時間を滅し、ゆえに生死を越えて、ただ「空」を背景としてひとり立つ茶堂である。

 

こちらから目指せば「円坐茶堂」、向こうから振り返れば「円空茶堂」であり、

円坐茶堂に坐る坐衆は、同時に空に坐ってすべてが終わっている「縁起の坐衆」である。

 

我々がこの生死の間に学び、知るべき「魂の尊厳」という真実の風景は、旅の目的地ではなく道中の、

田舎の村のありふれた小さな古い茶堂として、晴れてこの地上世界に現れる。

 

こうしてこの小さな不自由な私も、小さな不自由な私のまま天地の間にひとり立ち、照らされ、往還する。

 

 

 

茶堂ゆかりの龍馬、法然、弘法大師、阿波のいざなぎ、いざなみと、茶堂守人同行二人 名残りの一坐の道行は 辿りの道の往き還り 

わたしの里(くに)へと戻る道 あなたの空へと還る道。

    

 

円坐とは ただ素直なり 山の青

 

 

              後生の寺子屋円坐茶堂 守人 橋本久仁彦



・・・



 西国街道。
この街道は江戸時代、
東海道など五街道が整備される中、
その道幅を二間半の脇往還として、
東寺の羅城門から下関赤間関まで通じていました。
  
さて、
西国街道沿いは摂津国箕面に、
萱野三平重實の旧邸がございます。
 
萱野三平重實は大石内蔵助に、
四十八人目の赤穂浪士と呼ばれた侍です。
 
萱野三平重實 辞世の句。
 
 晴れゆくや 日ごろこころの 花くもり
 
仇討した四十七人の赤穂浪士リーダー、
大石内蔵助の辞世の句は以下の通りです。
 
 あら楽し 思ひは晴るる 身は捨つる 浮世の月に かかる雲なし
 
この句は橋本久仁彦さんの「きくみるはなす縁坐村塾」
壱弐番稽古に添えられた辞世の句でありました。
その大石内蔵助には、別の辞世の句があります。
 
 極楽の 道はひとすじ 君ともに 阿弥陀をそへて 四十八人
 
萱野重實は、
二十七歳の若さで
ともに果たせぬ罪を詫び、
同志の奮起を祈る遺書を大石に送り、
自邸の長屋門の一室にて切腹しました。
自刃した年の暮れに討入は果たされました。
萱野三平重實は同志の先花となり後生ともにしました。

『仮名手本忠臣蔵』では早野勘平として描かれ、
後世までひろく語り継がれることとなりました。
 
 
そして、
大阪、水俣、高槻にて、
橋本久仁彦さんと上演いたしました、
影舞「苦海浄土」の作品の音源について。
 
橋本久仁彦さんが何度も試行錯誤を重ね、
とても丁寧に作られた、影舞の音源です。
後生の桜影舞がずっと深くふるえています。

その一節、
石牟礼道子さんの『苦海浄土』の言葉です。
 
「花びらば、かなわぬ手で、拾いますとでございます。いつまででも坐って。指先でこう拾いますけれども、ふるえの止まん、曲がった指になっとりますから、地面ににじりつけて。桜の花びらの、くちゃくちゃにもみしだかれて、花もあなたかわいそうに。」
 
と。

 
   このような風景から「後生の寺子屋」と命名いたしました。 


〜 魂の尊厳 後生のことほぎ と題しまして、 
「後生の寺子屋」初会を西国街道沿いの萱野三平旧邸で開催させていただきます。
 
 
いつか、この島国の島々をめぐり巡り、
八十島の八景を影舞い先々で小屋掛し、
ともに學び 手合わせし、
ともに舞台に立ち、
ふるさと(くに)に還るその日まで、
生きていきたい、と、願っています。
  
真夏の西国街道沿いの摂津国箕面にて、
初会「後生の寺子屋」開催いたします。
ご縁をお待ちしております。 


 
後生の寺子屋円坐茶堂 守人 松岡弘子



 

 < 「後生の寺子屋 円坐茶堂」初会 ~ 魂の尊厳と後生のことほぎ 開催要項 >
 
日時 : 令和元年 7月31日 (水) 11時〜16時
場所 : 萱野三平旧邸 涓泉亭
守人 : 橋本久仁彦 松岡弘子
申込 : soumon.enza@gmail.com 松岡
謝費 : 八千円
募集 : 八名

 

  〜 萱野三平重實について 〜
 
茅野重實は、
大石内蔵助に四十八人目の赤穂浪士と呼ばれた侍です。 
 
13歳で赤穂藩主浅野内匠頭に仕え、
浅野が江戸城下松の大廊下で吉良上野介を刃傷した際には、
その知らせを持って駕籠に乗り込み
赤穂まで、たった5日で走破します。
 
赤穂城開城後は浪人となり、
西国街道沿いの故郷に戻り、
忠と孝の間で板挟みになり、
父と大石内蔵助に遺書を二通残して、
年の暮れの討入に先だち正月十四日、
浅野内匠頭の月命日に切腹。

赤穂浪士、四十七士の先花となる。






 

ようやく七月を目前に、
大阪もやっと梅雨入りしました。
今朝もぽつんぽつん雨音が聞こえてきます。

揺れながら、
風に吹かれていたら、
ふと来週の日曜日七夕の朝に、
円坐いろはを開催しようとおもいました。

そこで「相聞」について、
ここで、いちど言葉にしておきます。

ホカヒ とは寿歌で、
ホカヒビト とは寿歌を唱えて歩く芸能・職人のことです。

ホカヒビト の詩歌や物語、
アソビメ の舞が溶け合う、
それすなわち相聞であり、
影舞であり、
円坐です。

相聞とは事象、
円坐とは風景、
そのような漢詩で成り立つ言葉が、
相聞円坐です。

高槻市の梶原のちいさな古民家 たけのこ文庫で、
非構成的エンカウンターグループ、そして円坐を、
2013年の年末まで毎月通算六十回開催しました。

一回一回、毎回とても新鮮でした。

方々から駆けつけて来てくださった、
懐かしいお顔はあわい風景になって、
四方から響く雨音や、
裏の神社で鳴く鳥の声、
汗をかきながらうちわで扇ぐ音や、
昭和の古いポットで、湯を沸かす音が、
面影と共にとても味わいがあり、
毎回毎回、新たな年に巡り来る、四季のようでした。

そして、六十回開催の還暦を迎えた2014年正月を境に、
橋本久仁彦さんの未二観(ミニカン)にずっと通っていた経緯から、
梶原で一年間「相聞の杜」というミニカン円坐を企画したり、
さらには各地で相聞円坐を企画したり共催したり関わったりしていたこともあって ※、
「梶原円坐」あらため「梶原相聞円坐」と命名いたしました。


泰阜相聞円坐@長野県下伊那郡泰阜村
讃岐相聞円坐@香川県たからだの里
千代崎相聞円坐@大阪市西区
長崎相聞円坐@長崎
箕面相聞円坐@大阪府箕面 など・・

円坐に「相聞」と冠することは、
橋本久仁彦さんの円坐や未二観・影舞・縁坐舞台に全身を投じ、
身に刻まれた、無数の傷というのか、
目にはみえない勲章ような証しです。
大袈裟に思われるかも知れませんが、
それ相応以上の覚悟をもって今も昔もこの先の先も共に歩んでます。


それでは、五年越しの2019年七夕に相聞円坐を開催いたします。


開催一週間前と日は迫っておりますが、ご縁をお待ちしております。


くぅ 松岡弘子


 < 相聞円坐 いろは ~ 七夕影舞  >

日 時 : 令和元年七月七日 10時~13時
場 所 : JR高槻駅前和室 (会場の詳細は申込後にお知らせします)
守 人 : くぅ 松岡 弘子
主 催 : 円坐 いろは
参加費 : 2,000円
申 込 : soumon.enza@gmail.com 松岡まで
おまけ : 2014年の年始に書きました「梶原相聞円坐」新年のご挨拶と案内文を末尾に掲載しております。


5年前の文章はいまだ未完で・・
まだまだ青い気もいたしますが、
それでも荒ぶる命そのままここに置きます。

もしよかったら、お時間あるときにでも読んでください

くぅ


・・・


新年あけましておめでとうございます。
旧年中はお世話になりありがとうございました。

昨年で梶原円坐(非構成的エンカウンターグループ)は、
いままでおかげ様で、60回開催させていただきました。

円坐一回を人間の歳でかぞえていきますと、還暦です。
ほんとうにありがたいご縁、誠にありがとうございます。

更に昨年はミニカウンセリングの様式を作法としまして、
新たな試みとして、相聞の杜を通年開催いたしました。

聞く、聞こえる、聞こえてくる、景色を円坐で味わい、
それぞれ瞑目し目を凝らし、冥耳し耳を澄ましました。

幾重の位相が、ゆたかに遠近の景色をうつし出し、
在と無、外と内、始まりと終わり、音と言葉など・・
鬼と畏れられたある歳老いた棟梁の背中に、
味わい深い、枯れた男の色香が漂うように・・
不器用でも、愚直でも、現場で必死で耳と目を凝らすと、
分かつことのできないありとあらゆる現象の心の風景や、
普遍的な風景との対話を味わう豊かな間が現れてきます。

いくら自由や平和といった口当たりのいい理念を掲げても・・
人と土と、
この風景、
この風土を離れてしまっては、
民草の魂はうかばれないのでは、ないでしょうか。

今年からは、新たに梶原円坐と相聞の杜を融合しまして、
毎月、第四木曜日に『梶原相聞円坐』と改め称しまして、
梶原円坐と相聞の杜の経験を活かし更に精進いたします。

いままでの、深きご縁に深謝いたしまして、
新たな歴史の流れに身を置いてまいります。
ご一緒できますご縁をお待ち申し上げます。


松岡弘子



みなさま

円坐いろはを開催いたします。
どなたでもどうぞ、お待ちしております。 

橋本久仁彦さんの影舞山月記 (鬼) やまぐみ有志も、
参加してくださいます。

よかったらどうぞお手合わせください。

影法師をじっと見つめ十数え、
その後、すぐ空を見上げると、
影が空に映って見えるという、
「ちいちゃんのかげおくり」。

影舞で見えるあわいの面影と、
なにか通ずるものがあります。

影舞の世界は、
けっして難しくはありません^^

影舞の味わいを、
ちいさなこどもさんも、
おじいちゃんおばあちゃんも、
ぜひ、楽しんでいただけたらと思います。

先日、
梶原ピッコロ保育園やまぐみで、
きくみるはなす縁坐舞台でした。

やまぐみの部屋をおとずれると、
きらきらとかがやくまなざしで
迎えてもらいました。

はじまりの円坐で、
「影舞のかげって、何やと思いますか」
たずねてみました。

すると、
ピッコロに来ると挨拶をし、
がっつり出迎えてくれる男の子が、
「カーテンの影の人や」と言いました。
彼は担任の保育士圭太兄ちゃんに、
がちで、向かっていきますが、
担任のお兄ちゃんも真剣です。 
そして彼はくにちゃんも大好きです。
5歳の彼は誰かとの間柄に懸命です。

「光が暗いところに出る」
と、言った子もいました。

まだ二回目のはじまりの円坐で、
びっくりです。

ログハウスで、担任のお兄ちゃんと、
円坐をするなかで、
やまぐみさんと圭太兄ちゃんの、
唯一無二の間柄を味わいました。

こんな感じで毎回毎回がおまつりです。 


このたびは、
食堂 南風楽天で、円坐影舞の一日です。
どうぞ、ご縁をお待ちしております。 


「影まつり」ぜひご一緒ください m(_ _)m


松岡弘子


それでは「影舞まつり」の開催要項です。

日時 : 2019年 7月 28日(日)  10時 〜 17時
場所 : 食堂 南風楽天 (JR高槻駅 徒歩5分)
守人 :  くぅ 松岡弘子   主催 : 円坐 いろは
参加費 : 4000円 (影舞・円坐・寄合16時〜)
寄合 ソフトドリンク・生ビール 一杯付き
申込・問合 : soumon.enza@gmail.com


 



みなさま

 

おはようございます。

 

 

梅雨入りし、

雨がふりはじめると、

カエルの鳴き声が聞こえてきます。

 

一粒の雨の雫に、

懐かしい面影が映り込んできます。

 

 

来たる 718日、

七夕の節句 暮らしの祭事 五節句影舞

を、開催いたします。

 

ぜひご一緒ください。

ご縁をお待ちしております。

 

 

案内文です。

もしよかったら読んでください m(_ _)m

 

・・・

 

先週は端午の節句 暮らしの祭事 五節句影舞 で、

原を歩きました。

 

陽射しは、すっかり夏でした。

 

午前中、神峯山の麓をさわさわさわと流れる用水路に沿って歩き、

上巳の節句で影舞をした牛地蔵の桜の木を紹介したり、

ゆっくり、そのまま水路沿いに歩きました。

 

この水路の流れる音は、

昔幼い息子と早朝畑に行くときにも、

ずっと流れていた音です。

 

すると白地に赤い文字で

「きんぎょのおうち」

と書かれた札が目に入り、

その札のある畑の貯水桶をのぞいたら・・・

 

金魚の他にカエルがいっぱいいて、

おもわず子どもみたいに声が出ました。

 

原を流れる芥川にかかる大森橋を渡って、

おたまじゃくしやカエル、あめんぼなど、

いきもののたくさんいる水田の間を歩くと、

今はもう廃校になった清水小学校元分校に着きました。

 

校庭の奥には、大きなカイズカイブキが木陰をつくっていて、

木の下はまるでカイヅカイブキの懐の中の様で、近づいていくと、

はしもとさんが木登りし始めました。

男性おふたりも木を登り始め、

木の下から、見上げていると、

夏休みの木登り少年の顔が見えます。

 

そんなカイヅカイブキの木の下で影舞をしました。

 

すると、

いつものふたりの姿が消え始め、

背景のカイヅカイブキの木が、

リアルにくっきりとしてきて、

その木の下には我々以外の何者かが、

いまもたくさんそこにいる気がして、

木の向こうは、すぐフェンスなのに、

木の向こうのそのフェンスの先には、

奥ゆきのある空間がひろがっていました。

 

絵本の中の世界だと思っていた、

がまくんとかえるくんの姿も、

カイヅカイブキの木の下に見えました。

 

そのあと、

桜が左右に植えられている、

昔、校門だった場所で、

もうひとつ影舞をしました。

 

影舞がはじまる直前、

門柱と門柱の間の向こうから、

「桜の枝が伸びてなあ」

と菅笠を着て手押し車を押す年配の男性が、

桜の木の話をし背景に去って行かれました。

 

影舞がはじまると、

門柱と門柱の間の奥にひろがる水田風景は、

さっきまでは、無かった景色でありながら、

門の中の校庭とはまた別の、

縦横厚みをもって、そこに、ずっとあった、

昔の世界というのか・・

古い時代の新しい映画を観ているような境地でした。

 

 

朝の影舞稽古を終え小山さんのお家に戻り、

精魂こめて作ってくださった節句膳をいただいて、

全員揃ったところで、

竹の皮で蓬のちまきを各自巻き出発前に茹でてもらいました。

 

午後からは八坂神社まで足を延ばし影舞に出かけました。

 

お面をつけてのふたつの影舞は、

境内の奥と参道入り口でおこないました。

面を着けることによって、

生来の性格や日ごろの役割が剥がれ落ち、

(=)相があらはれ、

大木の根本と橋の上という場所によって、

土地由来の精気を震わすような、

荘厳さがありました。

 

小山さんが八坂神社にお供えしたちまきを、

廃校の校庭のカイヅカイブキの木の下で、

みんなで食べました。

 

帰路の途中立ち寄ったポンポン山登山口は、

先が通行止めになっていて薄暗く、

倒木がそのまま背景にあって、

初めての方とはしもとさんが、

そこで影舞をされました。

 

夕方のたそがれに、

人間と化身が出会ってしまったような・・

逢魔時の様相で、

静かな迫力がありました。

 

 

原は太古の昔は海でした。

 

 

懐かしい原風景を、

影舞で見たような、

気がいたしました。

 

 

こうして、原~影舞八景のうち五景が、

上巳の節句と端午の節句影舞によって、

景色に命が宿って、特別な風景となり、

いままさに立体的になりつつあります。

 

 

 散桜帰牛 於 牛地蔵の桜の木

 神峯暮鐘 於 神峯山寺開山堂

 廃校夏凪 於 清水小学校分校

 八坂朱橋 於 八坂神社の橋と境内

 暮道倒木 於 ポンポン山の登山口

 

残りのあと三景は、

七夕の節句と重陽の節句で、

橋本久仁彦さんとご一緒に原を歩き、

各所で土地の景色の歌を詠むように、

移動しながら、

円坐影舞いましょう。

 

 

原では、

道ゆくすれ違う人も挨拶をします。

 

 

儚く舞い散るすべての皆さまの影舞は、

この世の夢幻の名残りです。

 

 

ご縁をどうぞお待ちしております。

 

 

松岡弘子

 

 

< 暮らしの祭事 五節句 影舞  稽古と食事と影舞と @高槻市 原 >

 

日 程 :

人日の節句 2019 27() 10:0016:00  終了いたしました

上巳の節句 2019 417() 10:0016:00 終了いたしました

端午の節句 2019 66() 10:0016:00 終了いたしました

七夕の節句 2019 718() 10:0016:00

重陽の節句 2019 103() 10:0016:00

 

場  所 : 大阪府 高槻市 原地区の民家

 

五節句 食事 料理人 : 小山千郁 

 

五節句 影舞 守人 : 橋本久仁彦 松岡弘子

 

申込 : soumon.enza@gmail.com 松岡まで

 

参加費 : 各回 5,000



皆様へ。

 

表記の催しをご案内いたします。

 

大阪府高槻市郊外の田園地帯、「原」と呼ばれる土地の民家を訪ねて、日本の暮らしの中の祭事、端午の節句に

きくみるはなす影舞縁(円)坐舞台を置かせていただいて、寿ぎの一日のご縁を結びます。

 

皆様のそのままのお姿が、かけがえのないこの一日とこの土地に映り(移り)、冥加の現れとなり、

我々の人生と世界を荘厳してゆく景色の中に、僕も道連れ、道友の一人としてご一緒することができるということ。

 

こうして節句の日が巡りくるたび、そのことを心より幸せに思っています。

 

どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

ご節句影舞・端午の節句 守人  橋本久仁彦



旧暦の端午の節句の前日にあたります66日木曜日、端午の節句 < 暮らしの祭事 五節句 影舞稽古と食事と影舞と @高槻市 原 > を開催いたします。

 

 

以下、案内文となっております。

もしよかったらどうぞ読んでください。

 

・・・

 

前回の五節句 上巳の節句は、春の開催でした。

 

その日は、午前中影舞稽古の円坐でしたが、小山さんがお台所で五節句の御膳料理を精魂こめて作ってくださる音や、ちいさな竃で筍ご飯の炊いてくださる火の消える気配などが、稽古中の奥の間の和室の円坐の影舞空間にも静かに反響反映していて、お話にあらはれた方々の面影は、その後、皆さんと一緒にいただいた、原の野草や小山さんのご主人の畑のお野菜のお料理の味と重なり、懐かしい味合いとなって、思い出されます。

 

お昼ごはんをゆっくりいただき、午後からは神峯山の麓の牛地蔵さんのそばの、桜の木の下で影舞をしました。

 

はらはらと舞い散る花弁がふと、舞方のお顔に付き、あ、桜が・・と思った瞬間、ふと散り落ち、得も言えぬ美しい春の名残り影舞でした。

 

そして、麓の鳥居をくぐり、そのまま参道を歩きながら、山を登り、山門を通って神峯山寺をお詣りしました。

 

5年ほど前に開催しました「坐・神峯山寺」のときに、御住職から座禅の手ぼどきを賜った渡り廊下のちょうど真下に参詣者先達の古い名札が今も残っていて、三百日参りなどした時の義父母や主人の木札もそこにありました。

 

しばらくゆっくり休憩をした後、小山さんの一番のお気に入りの場所である、神峯山寺の山のてっぺんの開山堂まで登り、影舞をしました。

 

近くの木についていた柔らかなロープが風に揺られ手拍子を打つように音をたてながら、南無阿弥鈴の音とともに影舞を囃子ていました。

 

影舞を置くと・・周囲の音や風や光が引き立ちます。

 

その様は、魂に響く荘厳さであり、辺りに清々しい一陣の風が吹き抜けます。

 

神峯山から帰ると、ひと足先に戻られた小山さんがお家で蓬の葉をしつらえた手作りアイスを用意して待っててくださり、春の香りと甘い味がからだ沁み入りました。

 

帰りには、小山さんのご主人の畑で、お野菜を収穫させていただきました。

 

皆さんの童心にかえったような笑顔を見ているだけで、最高に幸せでした。

 

ちょうど帰る頃に、雨が降り出し、しっとりした原の黄昏の景色を後にしました。 

 

 

さて、来週の旧暦端午の節句は、季節もよく田んぼに水も入り、懐かしい田園風景がひろがります。

 

 

橋本久仁彦さんと共に、原歩きをしながら、芥川の河原や廃校の小学校の校庭などで影舞稽古をしたり、お昼はお家に帰り五節句の御膳料理をいただいて、午後から八坂神社まで足を伸ばし、この世の名残りの原風景をことほぎ、原をゆっくり影舞い歩きたいと思っています。

 

 

もしよかったら、端午の節句、ぜひご一緒ください。

 

参加される際は歩きやすい靴や服装でお越し下さい。

お目にかかれますご縁を心よりお待ちしております 。

 

くぅ 松岡弘子

 

 

< 暮らしの祭事 五節句 影舞  稽古と食事と影舞と @高槻市 原 >

 

日 程 :

人日の節句 2019 27() 10:0016:00   終了いたしました

上巳の節句 2019 417() 10:0016:00   終了いたしました

端午の節句 2019 66() 10:0016:00

七夕の節句 2019 718() 10:0016:00

重陽の節句 2019 103() 10:0016:00

 

場  所 : 大阪府 高槻市 原地区の民家

 

五節句 食事 料理人 : 小山千郁 

五節句 影舞 守人 : 橋本久仁彦 松岡弘子

 

参加費 : 各回5,000

 

お申込 : soumon.enza@gmail.com 松岡まで

 



 



円坐 いろは 〜 円坐 影舞 〜  のご案内です。


前回の 円坐いろは ~ 影舞名残り桜 では、
お誕生日を迎えられたある参加者の方が、
大切な方と、神社の満開の桜の木の下で、
粛々と影舞をされました。

  しずまれ しずまれ しずまれ  ではなく・・
  荒れくるう 魂を 抑えず 全身で 舞えと 

  舞え 舞え 舞えと
  鈴を鳴らす

すると、
おふたりの影舞の運びによって、
夜の野見の音づれとともに・・
観る者の世界の色が変わり始め、
桜の木は先ほどよりくっきりとし、
鈴の音とともに境内は広がり始めました。

やがて、
おふたりの影舞はさいご、
桜の木へと近づいてゆかれました。

まるで地上にあらはれた、
地下根のような形になり、

木の奥へ 奥へ 奥へと・・
年輪の中心に向かって入ってゆかれ、
桜の花の、見事に散りぬる姿と化し、
神社の境内は元の場所へ還っていくような静けさに満ちました。


そして、古い桜の木は、
今、特別になりました。


前回の円坐いろはで一緒に守人を務めてくださった、
橋本久仁彦さんの言葉をご紹介させていただきます。

『新元号が「令和」と発表された昨日の夜、「円坐いろは~影舞なごり桜」が開催されました。

高槻市・野見神社の満開の夜桜の下で、その日お誕生日を迎えた方が、ご一緒された大切な方と影舞をなさいました。

夜の冷気の中、粛々と影を舞い、桜の木に一礼されたお二人と桜は、一枚の幽玄の日本画となって、我々の心に刻まれました。

お二人の影舞の背景となっていた桜と神社のたたずまいが、舞の運びとともに、桜と神社の境内がくっきりと立ち上がって、

お二人をその一部とする厳粛な異界の景色となり、いつまでも朽ちない永遠の光景、生きている想い出と成りました。

生死を区別しない不生不滅の境地のような
橋本さんの影舞言葉は、
あの時の夜桜影舞が何度も想い起されます。
  

そして、季節は変わり・・・ 

すっかり桜も散り、
五月は梶原ピッコロ保育園やまぐみでの、
きくみるはなす縁坐舞台の始まり月です。
新たな顔ぶれは萌え出づる新緑の如しです!

藤の花も、町や山中で咲き始めました。

かんざしのように花はしだれ咲き、
花の色は薄紅色や、あわい紫色で、
柔らかくたおやかに香り漂います。

藤の葉は、向日に照らされ、
光の方に向かってつるの先は伸びてゆきます。

花の色は、あわい紫や、薄紅色など、
柔かいたおやかなかおりが漂います。


 色は・・
 匂へど 散りぬるを 
 我が世誰ぞ 常ならむ
 有為の奥山 今日越えて
 浅き夢見じ 酔ひもせず


いまちょうど、
鶯が一声、鳴きました。


それでは、もしよければ、
円坐 いろは 〜 円坐 影舞 〜 
是非ご一緒ください m(_ _)m


ご縁をどうぞお待ちしております。

くぅ 松岡弘子


< 円坐 いろは 〜 円坐 影舞 〜 >

 日時 令和元年5月12日(日) 13時~17時
 会費 2000円
 申込 soumon.enza@gmail.com まで
 守人 松岡 弘子
 場所 高槻市内の施設内 和室 
    ※ 受付後会場詳細お知らせいたします。
     



みなさま

お彼岸ももうすく明け、暖かい春の季節が巡って来ました。 

円坐食堂のご案内です。
ちょうど1年ぶりに、円坐食堂をひらきます。

今年は円坐食堂で「影舞」をいたします。
第一部 影舞 ・ 第二部 円坐 ・ 第三部 寄合
と、下記のとおり開催いたします。

「異界」入りのお祭りとして、
ささやかに粛々と開催致します。

見えないものが聞こえ、
聞こえないものが見えてくるような、
日常的な五感の感覚も、もはや機能しなくなるような・・
そんな不思議な一夜を寿ぎます。

彼岸の中日に開催しましたかぐや影舞~彼岸円坐の最終地は、
真っ暗闇の竹やぶでしたが、皆なぜかとても元気になるのです。
それは、なぜでしょう・・
あんなに真っ暗闇で怖かった竹やぶも、離れる頃には離れがたく、とても名残り惜しいのです。

この世が、もし秩序ある社会の世界ならば、
あの世との間の「異界」とは、いったいどのような世界なのでしょう。

ちょっと楽しく面白い円坐「影舞」食堂へ、どうぞお越しをお待ちしております。

くぅ 松岡 弘子



< 円坐「影舞」食堂  >


日 時 : 2019 515 () 1430 2200
会 場 : 食堂 南風楽天(高槻市高槻町1-23
加費 : 6,500円(寄合お食事代込み)  ※ 寄合時のお飲物代 別途

守 人 : 橋本久仁彦 松岡弘子
申 込 : soumon.enza@gmail.com (松岡弘子)

主 催 : 円坐食堂


一部 影舞 14301700

二部 円坐 18002000

三部 寄合 20:30~22:00 



IMG_0791



みなさま

いよいよ、旧暦の上巳の節句となりました。
今日は旧暦桃の節句、春のお祝いの日です。


春は、桃・梅・桜と花が咲き・・
あわいもも色は、春の色です。

ひとつ(1)、ふとつ(2)と数え、ももつ(100)と・・
桃の木は沢山実がなり、百を「もも」と呼ぶので、
桃は「もも」と、呼ばれるようになったそうです。

上巳の節句のひな祭りは、
もともとは女の子の祭りではなく、
古代中国の水辺でお祓いをする風習が日本に入ってきて、
宮廷の曲水行事や、禊の神事、
ひとがた流しなどの土着文化とも、融合していきました。


  影を舞う 春の音声 みちゆきて

小林ハルさんは、
晩年「さいごの長岡瞽女」として世に知られました。
瞽女さんとは芸を支えに生きた人びとで、
菅笠手甲脚絆に、草鞋履き、楽器を携え、
村々を巡業しました。

小林ハルさんの音声は、春のおとづれを待つ人々の、
耳朶をりーーんりーーんと、震わせたことでしょう。

 「端唄 春雨」

春雨に しっぽり濡るる 鶯の
羽風に 匂う 梅が香や
花に 戯れ しおらしや
小鳥でさえも 一と筋に
ねぐら定めぬ 気は一つ
わたしゃ 鶯 主は 梅
やがて身まま気ままになるならば
さぁ 鶯宿梅じゃないかいな
さーさ なんでもよいわいな

この歌は、長崎・丸山の遊女の作曲とも言われています。
ハルさんの歌声で春の風情も光度が増したことでしょう。

影舞ならば、
おりん、ひとつ携えて村々を巡業でしょうか

・・・

はるの陽にかげやき、
ときに春雨に濡れて、
小山さんの五節句料理をいただき、
よりあって共に春の円坐にすわります。

旧暦上巳の節句から10日後、
4月17日、高槻市原にて、
暮らしの祭事 五節句影舞 〜 稽古と食事と影舞と 〜 を開催いたします。

どうぞお待ちしております。

くぅ 松岡 弘子



< 暮らしの祭事 五節句 影舞  〜稽古と食事と影舞と〜 @高槻市 原 >

日 程 :
人日の節句 2019年 2月7日(木) 10:00〜16:00   ※終了いたしました
上巳の節句 2019年 4月17日(水) 10:00〜16:00
端午の節句 2019年 6月6日(木) 10:00〜16:00
七夕の節句 2019年 7月18日(木) 10:00〜16:00
重陽の節句 2019年 10月3日(木) 10:00〜16:00

場  所 : 大阪府 高槻市 原地区の民家

五節句 食事 料理人 : 小山千郁 
五節句 影舞 守人 : 橋本久仁彦 松岡弘子

参加費 : 各回 5,000円

お申込 : soumon.enza@gmail.com 松岡まで



 



みなさま

 

いよいよ、彼岸入りしました。

大阪は来週明けにも、

桜が本格的に開花のようです。

 

 

初めての人や若い人の影舞の、

無垢性の懸命な影舞には、感動いたします。

いっぽう、

歳をとったからこそ光る、影舞もあります。

 

若い人が力任せにやっても出来ないような、

筋力も落ち自由に動けない身体だからこそ、

自分自身が自己から「自由」になるような、

歳をとって、花咲くことがあると思います。

 

 

この世に形ある存在として在る以前の、

ふるさとの海や還る空へ向かって歩く、

縁起による円坐・影舞舞台であります。

 

 

  老いてこそ 花咲く 却来花

 

 

そんな、縁坐舞台を新たに置いてみたい、

このような願いから、

場をひらかせていただきたいと思います。

 

寝ても覚めても、影舞のことばかりです。

< 円坐いろは 影舞なごり桜 > 

に、ご参集をお待ちしております。

 

くぅ 松岡弘子

 

 

< 円坐いろは 影舞なごり桜 > 

 

日時  平成31年4月2日火曜192145

場所  高槻市 市内の和室・城跡公園など

 

守人  橋本 久仁彦さん・松岡 弘子

会費  五千円

 

主催  円坐いろは 

申込  soumon.enza@gmail.com

〆切  3月31日


※ 18時に来れる方は申込の際にご明記ください。

各自お弁当持参いただき公園でお花見しましょう。














 みなさま

円坐 いろは のご案内です。 


昨年と今年、
お年を召された地元の志士のえんざの会に、
客人参加させていただきました。

ご尊老の、
真剣な言葉と、
彼方の奥から光射し込むまなざしに、
時に温かく迎えられ、
時に真っ直ぐ、覚悟を迫られました。

わたしなど、足元にも及びませんが、
老いていくこの身で、
一人円坐をひらく決心がつきました。


いろは歌

いろはにほへと 
ちりぬるをわか
よたれそつねな
らむうゐのおく
やまけふこえて
あさきゆめみし 
ゑひもせす


「いろは」は、
いろは歌の最初の文字、
物事の初歩・基本です。

いろは歌は、
七文字づつならべると、
行の最後が縦に読めます。   
咎なくて死す罪びとの最期に
背筋が伸びる思いがいたします。


不束者ですが、師の背を仰ぎ見て、
刻限まで精一杯、
守人をつとめさせていただきます。
よろしくお願いいたします。


ご一緒にお坐りくださるご縁、
お待ちしております。

くぅ 松岡 弘子


< 円坐 いろは 〜 円坐 影舞 〜 >

* 日時 平成31年2月23日(土) 18時45分~21時45分 
* JR高槻駅前 受付後会場詳細をお知らせします
* 会費 2000円
* 申込 soumon.enza@gmail.com まで
* 守人 松岡 弘子





みなさま

春 かぐや影舞 お彼岸円坐のご案内です。


昨年の三月、
作家の石牟礼道子さんが他界されましたが、
その石牟礼道子さんの文学世界というのは、
とても彼岸的でありながら、
とても身近な物語的でもあります。

石牟礼道子さんはとても凄い方なのに、
なぜこんなに物語を身近に感じるのでしょうか?


「悶え神」と仰る相悶的なまなざしのおかげで、
悶える此の身も同時に浮かばれてくるからだと、思います。


人によっては、
論理的に整理されていなくて、
概念的な見地からすると、
妄想だと見る人もいるかもしれませんが、
わたしにとって石牟礼道子さんの世界は、
とても筋が通っていて、見透しがいいし、
そのひろい世界にすっと入り込んでしまいます。

この石牟礼さんの新鮮で豊かな世界観の源は、
未二観の構造と同じだとわたしは見ています。
石牟礼道子さんの作品は、
最初から、筋書きを用意しているのではなく、
あるシーンを書かないと、次が出てこなくて、
書くことによって「物語」が生まれて来ると、
渡辺京二氏は石牟礼さんの口述筆記の経験から、
石牟礼道子さんの物語性の秘密を述べています。

さらに石牟礼さんの時間は、
一本のゲージの付いたスケールではなく、
おおきな球体のような空間になっていて、
渡辺京二氏は、石牟礼道子さんの文体を、
「縁起」という言葉で表現されています。


わたしには、
石牟礼道子さんのまなざす彼方への光に、
彼方からおとずれ聞こえてくる音を、
物語に紡いで機を織っているようにも思える、
そんな風景があります。


そんな辺りから、
この三月の春のお彼岸中日、
かぐや影舞 彼岸円坐開催のご案内申し上げます。

別名 彼岸タクシー (オデッセイ) で、
皆様と乙訓 (オトクニ) を巡礼したいと思います。


前回の秋のお彼岸円坐は、
大阪と京都の境にある山奥のお寺から洛西の竹の径まで乙訓(オトクニ)の地を旅しました。
わたしは若いころ数年間、
家族と乙訓長岡京に住んでいました。
バイクでよく走った、懐かしい道を、
坐衆の方々とともに、
影舞や未二観、車中円坐で巡礼いたしました。

しと しと しと、と・・雨降るなか、
こんなに幽玄で、
賑やかな秋のお彼岸はうまれて初めてでした。


今回も守人は、橋本久仁彦さんです。
彼岸タクシーの募集定員は4名です。

集合場所の詳細は、
申込み後、追ってご連絡いたします。 

それでは、
ご縁ある方のお越しをお待ちしております。


松岡弘子


< 開催要項 >

・日時 : 2019年3月21日(木祝) 春のお彼岸中日
           10時JR高槻駅集合19時JR向日町駅解散

・守人 : 橋本久仁彦さん

・参加費 : 1万1千円 (お昼の軽食等 含む)

・持ち物 : 録音機器 懐中電灯 歩きやすい靴

・申込 : soumon.enza@gmail.com 松岡弘子
           参加動機・お名前・住所・生年月日
           ご明記のうえ、上記のアドレスまで




 

 



みなさま

こんにちは。
 
円坐・影舞 ~ 一滴大海 円坐影舞 2019年節分 ~ のご案内です。

場所は4年半ぶり、大阪と京都の境に位置する乙訓郡大山崎です。 
乙訓は、大阪と京都を結ぶ古代の交通の要衝の地でもありました。

この辺りに人が住み始めたのは約二万年前。
古事記や日本書紀には「オトクニ」の地名の由来があったり、
この辺り一帯は竹林が多く、かぐや姫伝説の物語があったりします。

20代の頃、数年間、家族と乙訓の長岡京に住んでいました。

昨秋には大阪と京都の境にある山深い柳谷観音柳谷寺から洛西の竹林まで、
坐衆の方々の彼岸影舞や彼岸未二観、そして、車中円坐で巡礼いたしました。
雨降る中、こんなに幽玄で、かつ、賑わう秋のお彼岸は生まれて初めてでした。

この地はかつて山崎宿という宿場町で、
中世には、日本最大規模の油座となり、
油座神人が油の販売を特権的に独占し、
盛んな自治都市を形成をしていましたが、
座はやがて解体され、共同体は衰退しました。

淀川対岸の八幡との間には、かつて橋もかかっていましたが、
たびかさなる淀川が氾濫し洪水で流され、橋が廃絶した後は、
昭和37年まで、渡し舟が運行していました。
「昔は舟で男山に渡って通った」というお話をよく聞きました。

大火やたび重なる洪水もあったり、
天下分け目の天王山と呼ばれた、
かつての、山崎の合戦の地でもあった、この地は、
山(天王山)の崎(先)にあって、
天王山と、淀川の流れで、狭い窪地になっていて、
攝津の国と山城の国が、山崎で影舞をするように、
大阪と京都が、この地で、隣接しています。

そんな大山崎の地にて、
2月の節分に、一滴大海 円坐・影舞を開催いたします。

京都で暮らす西條と大阪で暮らす松岡が守人となって、
年にいちどの、天下分け目の円坐・影舞をひらきます。

節分の大山崎にて、ご縁ある、もののふのみなさまの、ご参集お待ちしております。

松岡弘子

 
< もののふの 水は天から もらい水 ~ 一滴大海 円坐影舞 2019年節分 ~ >
 
* 日 時 : 2019年2月3日 節分 (日) 10時~16時  
* 場 所 : 大山崎ふるさとセンター 和室1
* 最寄駅 : 阪急京都線 大山崎駅 徒歩 2分 ・ JR山崎駅 徒歩8分  
* 住 所 : 京都府 乙訓郡 大山崎町 字大山崎 小字竜光 3
* 会 費 : 5,000円
* 守 人 : 西條読真  松岡 弘子
* 内 容 : 円坐・影舞



みなさま


新年明けましておめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。


昨年ご案内いたしました、


『暮らしの祭事 五節句 影舞 ~稽古と食事と影舞と~ @高槻市 原』


申し訳ございません。

一部日程変更がございます。


以下の通り、上巳の節句が、

4月4日(木)から4月17日(水)

と、なりました。



◆ 日 時 : 

人日の節句 2019年 2月7日(木) 10:00〜16:00

上巳の節句 2019年 4月17日(水) 10:00〜16:00

端午の節句 2019年 6月6日(木) 10:00〜16:00

七夕の節句 2019年 7月18日(木) 10:00〜16:00

重陽の節句 2019年 10月3日(木) 10:00〜16:00


こちらの日程でご検討くださいますよう、

よろしくお願いいたします。


年末にご案内いただきました、

橋本久仁彦さんの文章も、

掲げさせていただきます。


もしよかったらあわせて、

一緒にご覧になってください。



いよいよ歳神様がやって来て、

年が明け、


一昨日保育園でのきくみるはなす縁坐舞台がありました。


「君をのせて」

「お母さんのうた」

「銀河鉄道999」

「たしかなこと」

「五木の子守唄」

「翼をください」


本格的な楽曲での影舞は本当に見事でした。

でも、

感動していたのはわたしだけはありません。

梶原山のてっぺんから淀川の河川敷までの、

梶原の地の耳朶を影舞が震わせていました。


人と人の先端は、まるで岬めぐりです。


いちど園児のおじいちゃんが来られて、

岬めぐりで影舞をしていただいたとき、

子どもたちは「お祭りや!」と言って、

手拍子を始めました。

梶原の耳朶を影舞空間が震わせたのを、

子どもたちは全身で感じ、

手拍子で、室内の空間を震わせながら、

影舞空間に入っていってたのでしょう。 


隣の畑山神社の参道で、

橋本久仁彦さんと保育士さんが、

影舞をした時には、

子どもたちは懐かしい音階で、

口々にいつの間にやら囃子調で歌っていました。


「めっきら もっきら どーん   どん!」


これは、もう、忘れらない梶原の風景です。



まさに、

きくみるはなす縁坐舞台は、

毎回、新鮮で、二度とない、

貴重な現場です。


松岡弘子




皆様へ。

今年もあとわずかとなりました。
僕は高槻の松岡弘子さんと、保育園や有縁の方の古民家などで、きくみるはなす縁坐舞台の
実践を重ねてきましたが、その土地に住む方々との縁坐舞台を通じての交わりは、心躍るものがあります。

僕は今、自分の余生を考えたときに、身を置きたい場所があります。

その一つが、この「暮らしの祭事 ご節句影舞」です。

今年は、「重陽の節句」の折に、高槻・原の地へ、円坐と影舞の守人として伺いました。
会場は、『御食事訓』を父上から引き継がれて、心こもるお料理を創り続けておられる小山千郁さんのご自宅です。
妻の美佐子も一緒に参加してくれ、地元の古老たち、僕にとっては人生の先輩方に見守られながら、
夫婦で影舞を納めさせていただきました。

何組かの影舞を観終わったあと、地元の方々から、穏やかでやさしい、しかし深い思いのこもった言葉をいただきました。
古くからこの地に住む方々と、今日外から訪れた人々との自然で深い交わりが、おいしいお料理と溶け合って、
この場を忘れがたい人生のひと時に醸成していきます。

帰りには、小山さんのご主人が、手掛けていらっしゃる畑を自ら案内してくださり、取り立てのかぼちゃを頂きました。
美佐子のはじけるような笑顔が、僕の喜びになって体に広がります。
見ていてくださる小山さんや、松岡さんの笑顔が重なって、畑に喜びの空間が生まれます。

ここにも、きくみるはなす縁坐舞台が、まさに、「きみは舞台」としてアラハレました。

父を見送り、母を見送り、この歳になって、こんな風に生きて往けるということを、感謝いたします。

来年は、五節句影舞にすべて参加させていただきます。

では、主催の松岡さんからのご案内をどうぞ。


         暮らしの祭事 ご節句影舞 守人 はしもとくにひこ

 


季節は霜月となりました。

 

木々の葉も色づき、

原の月に照らされ、

懐かしい面影や風景は、

しっとりと思い出されます。

 

五節句ことほぎ円坐は、

総て終了いたしました。

 

ご一緒いただいた皆様、

お世話になった皆々様、

ありがとうございました。

 

五節句を通じて、

人生の季節のように、

暮らしの節目を祝うことで、

これからの余生の楽しみも知りました。

 

皆様の御厚情に深謝いたします m(_ _)m

 

・・・

 

かつて神事や式日であった五節句は、

庶民の暮らしに浸透していましたが、

明治六年西暦が採用され、

五節句は廃止されました。

お正月にはおせちや七草粥を食べたり、

七夕や、桃や端午の節句を祝う風習は、

今も庶民の暮らしの中に残っています。

 

新年は、

橋本久仁彦さんと一緒に、

小山千郁さんとコラボさせていただき、

暮らしの祭事五節句 影舞  稽古と食事と影舞と をひらきます。

 

これは暮らしの節目のお祭りです。

 

こやまさんは、

お父様から引継がれた御食事訓を、

いまもずっと大切にされています。

 

昨年書き上げられた、

橋本久仁彦さんの円坐影舞和讃には、

相方と指先ふれて真剣に影舞ふなか、

もしくは円坐の坐衆のなかに坐って、

初めて照らされる""となる言葉が、

あふれています。

 

『はしとらば』の御食事訓と、

はしもとさんの円坐影舞和讃。

どちらも時空を越えて、普遍性があります。

 

お食事の準備が整うまで影舞の稽古の時間を設け、

精魂こめてこやまさんが作ってくださる、

五節句のお食事をいただいて、

床の間に軸を掛けるように、

ご縁の坐に影舞を置き、

一期一会のこの世の名残りを円坐にて、

皆様と丁寧に味わえたらと思っております。

 

わたくしはまだまだ未熟で、不束者ではございますが、

この暮らしの祭事五節句 影舞を楽しみにしています。

どうぞよろしくお願いもうしあげします。

 

 

こやまさんが着ておられる割烹着は、

まるで神事の着物のように、いつも無垢で、真っ白です。

 

「したたりて

青海原につらなれる 

この列島を

守りたまへな」

 

この歌の世界、ここにありと、

言っても過言ではありません。

 

国生みの神話は、

いまもなお、太古の昔からずっと、

人や風景のなかに息づいています。

 

神話や歴史というものは、

教科書やシステム制度の中には、

なく、

どんな人の中にもあり、

そして、人の間にあらはれます。

歴史は死者たちの生きる証てす。

 

どんな人の人生にも、

死者にふれて舞うことのできる、

祭りの舞台があるといいなあと、

思います。

 

新年は、きっと、日日是好日。 

皆様とお会いできます日々を、

心より楽しみにしております。

 

ご縁をお待ちしております。

 

松岡弘子

 

 

 

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 日 時: 

 

人日の節句 2019 27() 10:0016:00

上巳の節句 2019 4月17(水) 10:0016:00

端午の節句 2019 66() 10:0016:00

七夕の節句 2019 718() 10:0016:00

重陽の節句 2019 103() 10:0016:00

 

 場  所: 大阪府 高槻市 原地区の民家

 

 五節句食事 料理人 : 小山千郁 

 

  五節句影舞 守人 : 橋本久仁彦 松岡弘子

 

 参加費: 各回 5,000

 

 お食事と円坐のみのご参加も、11:3016:00 参加費3,500円で、受付ております。

 

 お申込: soumon.enza@gmail.com 松岡まで


 





皆様へ。





先週の23日に、名古屋の浄土真宗のお寺、長善寺にて、

澤有理さんが主催してくださった場の守人をさせていただきました





以前お目にかかった時は、気鋭の若住職であった長善寺の蒲池卓巳さんは、

継承の儀を経て、長善寺のご住職となっておられました。

ご結婚され、お子さんにも恵まれて、僕もうれしくお話しさせていただいたのですが、

ご住職と語り合う言葉のひとつひとつが、僕には懐かしい響き、一味の味わいを覚える

温かい響き合いとなりました。





このたびの長善寺に集った方々の中には、プレイバックシアター時代からの長い友人や、

縁坐舞台になってからの新しい友がおられました。その中に僧侶の方もお二人。

そのお一人の方のお寺、大阪の観自在寺へは、縁坐舞台の出稽古に参じたことがあります。

坊守を務めておられる御母堂との影舞を舞わせていただいた折には、その指と手を見つめ辿るご縁をいただいて、

もったいなさの涙となりました。

また再び影舞参拝させていただけるご縁を楽しみに生きております





もうお一人の方のお寺、西念寺へは、来年新春に、守人としてお参りさせていただく運びとなっています。





つい数日前には、神奈川の天台宗のお寺、等覚院のご住職が拙宅を訪ねてくださり、現在のご心境を聞かせてくださいました。

僕も還暦を迎えての今後の道行きについて聞いていただきました。





また一昨日は、福井県の長慶寺のご住職から、来年は、長慶寺千三百年の記念として、

場を持ちたいので来福を賜わりたいとのお申し出をいただきました





それぞれのご住職には、宿世のご縁を感じておりますので、彼らからの呼びかけには必ず応え参じたいと思っています。





明日からはタイのバンコクでの影舞円坐に参りますが、こちらでは仏跡での影舞が予定されています。





来年1月には高野山大学での影舞未二観の仕事が控えています。

この仕事を思う時には、病の身体に鞭打ちながら仕事に立ち向かう一人の壮年の真言宗僧侶の面影が浮かびます。

彼との縁坐、彼との影舞として、僕はこの仕事にも全身全霊を傾けて報恩報謝の辿りを行いたいと思います。





こうして、自分の仕事のご縁を辿りますと、縁坐舞台、円坐、未二観という僕のすべての仕事は、

大乗仏教の、中でも他力宗の流れに浸りつつ運ばれていることが分かります。





母が浄土へ還り、僕は環暦を迎え、仕事も還り道に入りました。

「円坐守人研鑽」の言葉はその役目を終え、昨年記しました『影舞円坐和讃』に

「円坐守人その底は 守られ人と見つけたり」とありますように、

 報恩報謝の辿り、語り手の言葉へ還って逝く辿りとして、方向を反転しています。





それに伴い、僕の生涯の探求研鑽の場であった口承即興劇団「坐・フェンス」も、先月10月25日をもって解散いたしました。

今まで長年に渡り、たくさんの方々に坐・フェンスの舞台を見ていただきました。誠にありがとうございました。

また、延べにして数十名に及ぶフェンスメンバーが、坐・フェンスの稽古で互いに研鑽し合いました。

楽しい季節を若い仲間たちと一緒に歩めたこと、心底幸福でありました。感謝いたします。





今はまた、生まれて来た時と同じようにただ一人、この道行きを歩み、

ご縁を頂いた老若男女の方々の御こころが、映り込んで輝くこの世界の風景の見納めに、

旅の芸人「縁(円)坐影舞守られ人」として生きて参りたいと思います。





表記「盆暮円坐2018東京」を主催された「のりちゃん」と「くぅ」は、元フェンスメンバーです。

戸高元太郎氏は我々の公演を折に触れて撮ってくださった写真家です。





僕の「反転」後も、人生の道行きをともにする一味(同じ味わいを生きる)の仲間たちですが、

そのうちの一人、くぅがある時こう申しました。





「御仏壇の花は、なぜ仏様の方ではなく、こちらを向いているのでしょう。御仏壇に手を合わせて、

目を開けたら、向こうから、彼岸から、花がこちらを向いて咲いていることになるためですね」。





我らの道行きにおいては、花は自分の上に咲くに非ず、向こうに、彼岸に、そして他者の上に咲くのです。





君は舞台の 年の暮れ 

 原流の安心と 申す也





と、案内文の末尾にあります。





我々にとりましては、この2018年の暮れの円坐は、

坐・フェンスや住む家や人間関係など、多くの局面においての「君は舞台の年の暮れ」の円坐となります。





けれども、暮れていくのにもかかわらず 「原流の安心と申す也」 とはいったい何事でありましょうか。





それは「円坐守人衆」として「守られ道」を往く我らが、一味として味わう境地境涯でありますが、

明日お目にかかりますバンコクの「まろうど影舞円坐」主催の中山久子さんがご指摘くださったように、

影舞が能に近似の精神空間を持ち、円坐守人の言葉の辿りが能の「ワキ」の旅の態度に匹敵するものならば、

この「原流の安心」に重ねて舞い落ち、舞い上がることのできる我ら円坐守人衆、縁坐影舞衆の返し唄は、

影舞円坐和讃とこの六文字しかありませぬ。





君は舞台の 年の暮れ 

 原流の安心と 申す也



あなたがわたしの還る空

南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 





   合掌。  



盆暮円坐2018東京 守人の一  橋本久仁彦




みなさま

 

 

年の瀬も間近となってまいりました。

いかがお過ごしでしょうか。

 

 

昨年初めて東京武蔵関のお家に、

盆暮円坐の開催のためおとずれました。

 

師走の東京の町はとてもしずかでした。

 

武蔵関の家に到着すると、

戸高元太郎さんが、

屋根に上って、

円坐をひらく二階の和室の窓ガラスを、

無心に磨いておられました。

 

のりちゃんとわたしと、

げんちゃん(戸高氏)の三人で、

その和室で顔合わせをしたときも、

その窓は、透き通っていましたし、

円坐の時間になり、

和室いっぱいに充満する熱気で窓は曇ってしまうかと思いきや、

その窓からみえる外の景色は、

ガラスが無いくらい透き通っていて、

静かな武蔵関の景色が、

ご参集くださった方々の懐かしい面影とあいまって風景となり、

年の暮れの武蔵関に我々がいた証となって、

いまでも思い出されます。

 

 

・・・

 

 

今年の盆暮円坐は、

七月に還暦を迎えた橋本久仁彦さんをお招きいたしまして東京へ参ります。

 

自分も他者も、

ありとあらゆるすべてのものは、

生滅変化する仮のすがた(姿)と申しますが、

その奥にある実のすがた(相)とは、いかなる位相なのでしょう・

 

沖縄の古い言葉に「くうなかなさ」という言葉があります。

 

先日、生駒石切影舞未二観で、

千葉の方と影舞をご一緒させていただいたとき、

「かなしくーてーかなしくて~」という歌詞が微細な振動となって響きわたり、

わたしをまるごとすっぽり包み込んでしまう大きな空間が広がっていました。

 

とうとう、

「わたしが包まれていた」

と、思っていたその空間が、

相手の方をも包み込み、

彼が、包まれていたわたし自身だったのか、

わたしが、包まれていた彼自身だったのか、

わからなくなって、

ふたりを分けて観れなくなり、

ひとつになって、

その大きな大きな空間の懐に抱かれ、

隅々まですーっと遍在していました。

 

これは、

母というのか、

遍く森羅万象の源といえる、

胎内の世界のようでもあり、

故郷の原風景というと妙にしっくりなじみます。

 

産まれる前の胎内世界の記憶は、

自他の区別が出来てしまうと、

いったん忘れてしまいますが、

産まれる前からいのちはずっとあって、

おおきな流れをたゆたいながら、

この世にうまれてきます。

 

いのちは、自分ひとりで、

生じることはできません。

 

人と人の間、人と事の間、人と物の間に、生まれてきます。

 

 

そして、人生を旅して、一生を終え、

また大きな風景へと還っていきます。 

 

 

今年いっぱいで、

このお家も、住み終いとなるそうです。

 

平成30年の歳の暮れ。

 

ことほぎ参る細道を、

皆様とご一緒できればと願っております。

 

 

 ・・・

 

 

 東京武蔵関のお家へ、

 ご縁ある皆様のご参集、心よりお待ち申し上げます。

 

 

 君は舞台の年の暮れ 

 原流の安心と申す也

 あなかしこ

 

 

 くぅ 松岡弘子

                                 

 

 

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◆ 日 時: 2018 1219() 19:0022:00

       2018 1220() 10:0016:00

 

◆ 場 所 : 東京都武蔵関の民家

 

◇ 1日目守人: 橋本久仁彦 松岡弘子

 

◇ 2日目守人: くにちゃん のりこ くぅ

 

◇ 参加費: 1日目のみ参加  5,000

       2日目のみ参加 10,000

       両日通し参加  13,000

 

◇ お申込: soumon.enza@gmail.com 松岡まで

 

 

 

 

 

 

 

 

 



みなさま

おはようございます。

日ごとに秋が深まる今日この頃、
いかがお過ごしでしょうか。

未二観の出稽古に登った、
生駒の山上には、
月に照らされる、
この世の浄土がありました。


浄土とは、
懐かしい人たちの面影の園でした。


わたしのなかには、
懐かしい人たちの面影がいまでも残っています。

『人の中に残る』ということは、
一体どういうことなのでしょうか・・

その懐かしい時空間が、
また別の時空において重なり合い、
自分という世界が人の中へと収束していくことであり、
これは生まれ変わりというより、
移り(映り)住むという、
よみがえりであるとおもわれます。

懐かしい思い出や面影がなく、
他を出し抜き自分だけが多くを得て、
自分の思考や感覚だけを頼りに、
上向きの人生だけを送ることは、
果たして出来るのでしょうか・・

影舞ふ相方の真正面で、
指の先でふれ、
相方の君の振動とともに、
人生の急流をすべり落ちるように、
奥のまたその奥へと入っていくと、
互いの時空が相重なり、
必然的におかえりがただいまとなって、
時空間を超え、
ただちに今君に還っていくことが、
こんなに極上の幸せなことだとは、
この歳まで全く知りませんでした。

わたしの残りの余生は、
後者の道行きとなるのは、
必然であります。

なぜなら、もう、すでに、
そうなっているからです。

この日の夜のかえりみち、
茨木の千提寺の山奥を走りながら、
愛車オデッセイのフロントガラス越しに、
夜空を見事に右肩下がりに落下する、
巨大で真っ赤な火玉を目撃しました。


火玉は燃えつき、
空に消えた瞬間、 
ハンドルを握り運転していたのに、
時間のない静けさの中にいました。


このたび、
11月11日名古屋にて下記の会に参ります。

彼此もう10年以上のつきあいの友、
名古屋のタカダサオイさんが主催されるとお聞きし、
お祝いに駆けつける所存で大阪から名古屋へ参ります。

この会の裏方は、名古屋のたえさん。
たえさんとは、
今夏広島の山下徹さんと橋本久仁彦さんの<2018年夏 被爆地 広島にいきる>でご一緒させていただき、
広島にて熱い夏を共に生きました。

サオイさんもたえさんもわたしも、
三人ともほぼ同年齢です。

『かえるところ〜還の手習い』とは、
まさに、ぴったりな命名です。

初心にかえり精いっぱい、
守人をつとめさせていただく所存ですので、
どうぞよろしくお願いいたします。

もしよかったら、
円坐・影舞【かえるところ〜還の手習い】のご案内、
是非ご一読ください。


松岡弘子

・・・

円坐・影舞【かえるところ〜還の手習い】

会名の成りたち‥

名古屋で円坐や影舞のできる場を作りたい、
そんな思いを胸に秘めながらもどうしようかと悶々とした日々を送っていた時に、ある女性とのご縁につながって
「サオイが作るなら裏方しますよ」とのありがたいお言葉をいただきました。
それからは彼女のサポートをいただきながら
この話をじっくりと進めてまいりました。
美味しい料理とお酒を酌み交わしながら、
二人でまず最初に考えたのが会の名前。
いろんな話がなされる中
「うちらアラ還だもんねぇ‥」という言葉から
「還ってなんかいいですね!」となりました。
還暦の還、帰還の還、往還、アラ還‥
うん。なんかいい。
還るという意味もあるこの文字は
わたしも元々好きでした。
還る、かえる‥
人生をぐるっと旅して還るところ‥
旅の過程は変えるかもしれないし
換えるや代える、ひっくり返るかもしれなくて
わたしたちの開く円坐・影舞の場が
どの『かえるところ』であるにしろ
その大切なひとコマひとコマを円の中に置き
その空間を味わないがら過ごすことのできる場になれたら。
そんな思いでこの会名が成り立ちました。

守人‥

円の中の見守り役のような存在、それが守人です。
守人は参加者の一人であるのと同時に、円の中で語られる言葉やその場で起こっていることに丁寧に関わり続けてくれます。
この度の円坐には、くぅ(松岡 弘子さん)が守人を受け持ってくださる運びとなりました。
くぅとはどのような人?とひとことで云うならば
この世界(円坐や影舞)の達人、言葉を辿る、観ることのできる達人‥と、わたくしは観ています。
そしてくぅは、娘の小学校時代からのご縁でつながった10年以上ものおつき合いのある大切な友人でもあります。
彼女は娘の小中学時代から、幾たびかエンカウンターグループや円坐などのワークショップを開いてくれていました。
しかし当時のわたしは自身が人生に対して捻くれていた時代でもありましたので、彼女の開いてくれるその円坐というものがよく理解ができませんでした。
ただその場に坐した誰がどのような表情で、どのような口調でどのような話をしたかは今でもくっきりと覚えています。
不思議なことに自分が何を話したかはよく覚えていなくて、他の誰かが話したことはよく覚えている‥これも円坐の味わいのひとつかなとも今は思います。
暫く連絡の行き来が無かったのですが、
一昨年前ふいに鶴橋の円坐へのお誘いがあって
久しぶりにくぅと再会したのです。
鶴橋の円坐は、10年前とは違う味わいがありました。
そしてくにちゃん(橋本 久仁彦氏)との出会いがありました。
くにちゃんはまさにこの円坐の創始者であり、今はわたくしの人生の師でもあります。
くにちゃんと、くにちゃんの世界を知り、どんどん魅入って行くその始まりが鶴橋の円坐でした。
そのご縁をつなげてくれたのがくぅ。
今回わたくしが守人のお願いをしたときに
「誰も来なくてもサオイさんに会いに行きます。」と快く引き受けてくれました。
くぅとは、そのような方で
そのようなくぅが守人となってくださいます。

そして円坐とは‥

これを言葉にするのがとても難しいのですが
まだ手習い中のわたしの精いっぱいでお伝えします。
円坐とは‥
その限られた時間の中で
その時ご縁となった人たちが円を描くように坐し
置きたい言葉を置き
その坐した人々で味わう場。

どんな言葉を置いてもいいし置かなくてもよく
ただそこに坐して味わうだけでもかまいません。
どのような態度を示しても
置かれた言葉が鏡となり影となり
その円の空間に自身も溶けこんで行きます。
共感するとか励まし合うとか
なにかの答えを出すといった類とは違います。
置かれた言葉が濃くなるほどに真実があらわれはじめ
うわべだけの言葉には違和感が残ります。
真実の前で跳ね返される時もあるし
対立が起こるときもあります。
まだ円坐の経験の浅いわたくしですが
浅いなりにも参加するとぺらっぺらの薄っぺらな自分が観えて来ます。
それを知るのもけっこう凹みます。
真実のままでいる人が
限りなく透明なガラス工芸品のようで
その輝きがたまらなく眩しく映るのです。
ぺらぺらのままで生きてももちろん良いのです。
その方がきっと楽です。
しかし、一度そのガラス工芸品の美しさを見てしまうと
そのようになりたいという気持ちをもう、抑えることができない。
削られるのが痛くても、研かれるのがツラくても
その道を行きたいのです。
この会のご案内を出すのに随分と時間がかかりました。
煮詰まって煮詰まって煮詰まってきた頃に
師であるくにちゃんに相談する機会がありました。
くにちゃんは云いました。
「なぜそれをするのだ!本物を見たいからじゃないのか」
ハッと目覚めた瞬間でした。
『そうだった。本物が見たいからわたしはするのだ』
覚醒。そして自分が定まりました。

師は円坐を『舞台』とも称します。
舞台の役者はその円に坐した人たちです。
いい舞台になるのもそうでない舞台になるのも
円に坐した人たちにかかっています。
それも限られた時間の中での
ぶっつけ本番一回こっきりの舞台です。
置かれた言葉の途中で時間が来たら終わりです。
なんとも中途半端な形で終わっても
その舞台の責任は役者全員で負います。
手習いではありますが、だからといってここは勘弁ねといった生優しさはありません。
手習いなりの真剣さでその舞台に臨みます。

影舞‥

自分の中指と相手の中指で、そっと蝶々を挟むかのように触れながら過ごす‥説明だけだとこのようになります。
これはもはや感じていただくしかない感覚の世界です。
わたくしをサポートしてくださっている女性に
「あなたにとっての影舞とは?」と聴きました。
彼女はこう語ります。
「一個だけ思ってんのは‥影舞って‥なんやろ‥影舞って‥全部がみえるしなにもみえない、なにもみえないけど全部がみえる、みたいな。それだからこう、すごくむずかしいんだって。なんか、わかろうとするとなにもわからない。でも。なんとなくの中に自分が‥すっごく大きな世界がみえてくるというか‥その世界の中に自分が入りこんでくっていう感じ。だからその、みえなさかげんもみえかげんも含めて、わたしはほんとにそれが面白くてハマっているんだよね。‥‥‥わかんないことをわかんないわかんないっていう自分を面白がっている。そんなんどうせわからへん。答えなんかない!って一所懸命考えたりとかもがいている自分をとても面白がっていて、なにもみえないっていうのがすごく自分にとっては面白い。」
影舞こそまだまだ経験の浅いわたくしには
この女性の言葉がなんとも深く美しく響きました。
申し上げたように経験が浅すぎて、まだまだわからないことだらけなのですが、
影舞で指に触れているとき、今のわたしにはその触れている相手が鏡のように感じる時があります。近づこうと思うと離れるし、離れようとすると近くなるといった感覚になるときもあります。
ほんの5分くらいの時間ではありますが
その短い時間にも一期一会の尊さを感じたりもします。

なにを感じるかは千差万別でもありますので
円坐も影舞も
とにかくやってみないことにはわからないとしかお伝えできません。
感じていただいたそのものが影舞であり円坐です。
正解のない世界なのでなにか答えを得ようとか、
気づきや成長を求めると苦しむかもしれません。
ただその空間を共にした方とは深いところでのつながりを感じます。
そのつながりは確固たるもので安心や深い喜びを感じたりもします。

堅いことを言うようですが
手習いだけども手習いなりの真剣さで
わたしは限りなく真実の自分でありたい
そして集まる人たちとは
過ごして来た時間や、遠い近いなどの距離を越えた
真実の確固たるつながりを持てるようになることを目指しています。

集まるべく人たちが集まることと思っております。

[日時]
平成30年11月11日(日) 10:00〜16:30

[開催場所]
東生涯学習センター 第一和室 定員10名
〒461-0004
愛知県名古屋市東区葵一丁目3-21

[参加費]8000円

🍶終了後、お酒と食事を楽しむ会も予定しております。予算は4000円ほどで参加ご希望者はお知らせください。








 

皆様へ。

僕が住んでいる大阪市西区の千代崎町でも、長い間、8月16日のお盆明け、送り盆の日には、
日ごろは家に引き込もってめったに顔をみない近所のお年寄りが、歩行器を押したり、
家族に支えられたりしながら、外に出てきていました。

町境を流れる木津川の、コンクリートの堤防の脇に設けられた小さなテントの下に、
仏壇のお供えを持ってきて、線香とろうそくを立て、川に流すためです。

「ああ、タバコ屋のおばあちゃん、姿見ないと思ってたけど、まだいてはったんやねえ・・」

大人たちがつぶやくそんな言葉を覚えています。
小さかった僕は、大人たちのうわさ話をききながら、興味津々でそのおばあさんを見つめたものです。
そして僕も、祖母やおばや母と一緒に、お供えを持ってそのテントに行き、ろうそくと線香を立てたのです。

しかし、お供えの品々は、川のコンクリートの堤防から水面に流すわけにはいかず、市の職員が灰色の作業衣で待ち構え、
老人たちの手から受け取ったお供えの品々を、岸壁に横付けされた砂利船へ、ベルトコンベアーで次から次へと
落としていきます。町内報で伝えられた2時間ほどの送り盆の時間は、市の職員の仕事の一つなのです。

祖先の霊を送り返すために、せっかく火をつけたろうそくや線香も、燃え尽きる時間を与えられず、
職員の手ですぐに折られて、水を入れたバケツの中に放り込まれます。

子ども心ではありましたが、何か、出来事が荒っぽいような、せっかく外へ出て来られたおじいさんやおばあさんに
申し訳ないような、割り切れぬ感じを覚えておりました。

しかし、それでもお盆の三日間は、大都会の、近隣の親しいつながりの失われた地域社会にとっては、
貴重なお互いの存在確認の機会であったように思います。

ところが近年は、このコンクリートと砂利船の盆送りも行われていません。

盆送りをしたいお年寄りが亡くなっていなくなったこともありますが、
そもそも、皆が続けてやりたいと思うようなお盆の集いではなかったからだと思います。

大阪中之島のデザインミュージアムで、「きくみるはなす逢坂中之島縁坐舞台」の公演を始めた動機の根っこには、
確かにこの、長年感じていた割り切れぬ気持ちがありました。

この気持ちが僕を導く方向へ向かい、より腑に落ちる時空間を皆様と共に創造すること。
円坐も未二観も、影舞も縁坐舞台も、目に見えるものと、目に見えぬものとの接点に関わる仕事です。

「秋のかぐや お彼岸縁坐影舞」をご案内いたします。


                秋のかぐや お彼岸縁坐影舞 守人 はしもとくにひこ 



みなさま

橋本久仁彦さんの「影舞稽古山月記」に参加しています。
言葉になりにくいのですがその奥行きに魅入られています。
半世紀を越え生きてきた境涯から、
解き放たれゆく、からだとなって、
背景にあった古来からの「もの」があらはれはじめ、
この身ひとつで相方と指先ふれて影舞われる空間は、
どことなく・・・香を焚きしめたような色香があり、
普段の景色を一変させ、かがやく、月夜の絶景です。

この世で生きていくために、
記憶したり忘れることによって抑制してきた様々なことを、
いま鮮やかに思い出しはじめ、
豊かな世界が幕開けし、
どこからともなく、
せつなくも愛おしい気分が湧いてきて
とても不思議です。

感情とかはやはり欠けてる感じがするのですが、
いっぽう空間は、更にどんどんひろがっていて、
加速している感じです。

秋のかぐや お彼岸 縁坐影舞 ご案内です。

秋の彼岸入り、
橋本久仁彦さんと共に縁坐影舞のことほぎの旅をします。

大阪府北部高槻から、
西国街道を通って京都洛西にかけ、
山ぎわには数々の竹林があります。

旅の道連れとなります方を五名、募集いたします。
よかったらご一緒しませんか。お待ちしております。

筍といえば長岡京、竹林といえば嵐山が有名ですが・・

実はあまり知られていませんが、
北摂から洛西にかけ、数々の竹林があります。

五歳児クラスで影舞をしている保育園のある梶原は、
筍の名産地です。

梶原から北上し、洛西へと続く竹の径は、
不思議な異空間への入り口で、
どこか、神秘的で、とても雰囲気があります。

初秋のころ、 車で移動しながら、竹の径を歩き、
時に円に坐り、時に影舞い、辿り、辿られ、
ことほぎの時空を旅します。


六月の地震のとき、
わたしは庭で水やりをしていました。

大きな地鳴りと同時に、
突然景色が幾重にも揺れ重なって、
地面に立っていられないほどの衝撃が地下からありました。

父が、
祖父の話をしていたのを、
地震の後、よく思い出しています。

地震のときは、竹やぶに逃げたら安心だと、
幼い父に、いつも祖父は、話していたそうです。

父は地震をとても怖がっていたので、
若かりし祖父は息子の事をおもって、
竹やぶの話を、子どもにしたのでしょう。

そして、祖父は戦地へ出兵したまま、
終戦を迎えました。

父や祖父の事は、あまり知らないのですが、
「岸壁の母」や「影を慕いて」を、
父が繰り返し聞いていたことは、よく思い出します。

地震の前兆かどうかわかりませんが、
今春珍しく、洛西の竹林では竹の花が、咲いたそうです。

地震後から、わたしは種を蒔いたり、
庭に花の苗を植えています。
きゅうりや母の植えた茗荷は今でもずっと、
収穫が続いてますが、
猛暑と日照りが続き、花や木はいくつか根から枯れて、
お盆が明け、いくぶん風が涼しくなり、
株分けした紫式部や秋明菊の蕾も、
秋に向け少しづつ少しづつ、
膨らみ始めて、
楽しみです。

秋のかぐやお彼岸縁坐影舞に、お誘い申し上げます。

くぅ 松岡弘子



≪ 秋のかぐや お彼岸 縁坐影舞 ≫

◆日時:二〇一八年 九月二十日 木曜日
◆場所:高槻北部~京都洛西 辺り
◆守人:橋本久仁彦さん
◇集合:午前十時 JR高槻駅南側
◇解散:午後八時頃 JR洛西口駅
◇定員:五名
◇参加費:一万円
◇申込:soumon.enza@gmail.com (松岡弘子)



お盆を迎え、
送り盆となりました。
 
この世の名残り、
夜も名残り。
 
この夏はおもいがけず、
かけがえのない日々に迎えられ、
影響の真っただ中にいることを味わい、
大きな節目を実感しています。

このたび、
古くからの友人であり、
フェンスの元仲間のカバマルに、
お声をかけていただき彼が世話人をなさる例会に、
円坐守人として呼んでいただくことになりました。
大阪市営地下鉄桜川駅が最寄り駅の会場だそうで、
いま思えば自分自身にとって、
大きな節目を迎えた、懐かしの土地、芦原橋です。
ありがたいご縁を賜わり、
深謝です。

くぅ 松岡弘子

・・・

2018年8月の花の会例会

とき:8月19日(日) 13:30~16;30

ところ:〒556-0023 大阪府大阪市浪速区稲荷2丁目4−3 浪速区民センター 和室

内容:「円座」

担当:蒲田恭久(カバマル)

参加費:会員は無料(ビジター 1,000円)


<世話人の言葉>

僕がぜひともおすすめしたい友人にお願いして例会が実現しました。

「円座」です。 

非構成のエンカウンターと似ている部分もあり、
どんな空間、時間になるのか、わくわくしています。

以下、ファシリテーターのプロフィールとメッセージをお届けします。


くぅ 松岡弘子
 
1966年大阪市生まれ。
高槻市在住。
橋本久仁彦氏の未二観(ミニカウンセリング)を学び、
坐・フェンスの縁坐舞台のヒトガタとして
影舞空間の探求に情熱を傾注し現在関西で円坐をひらいています。
あなたと私をわける分析志向や問題解決の立場に立つのではなく、
目の前の人の内面の景色や風景に丁寧に入っていき、
ご一緒に魂の原風景へと
辿り辿られいく空間を共にしたいと願っております。
わたしはカウンセリングの専門家でもセラピストでもなく、
カウンセリングやセラピーを受けたり学んだ経験もありません。
こんな私自身ではごさいますが、
ご参集いただきました方々と共に影を舞い
円坐空間をご一緒させていただきたいとおもっています。
どうぞよろしくお願いいたします。