皆様へ。

僕が住んでいる大阪市西区の千代崎町でも、長い間、8月16日のお盆明け、送り盆の日には、
日ごろは家に引き込もってめったに顔をみない近所のお年寄りが、歩行器を押したり、
家族に支えられたりしながら、外に出てきていました。

町境を流れる木津川の、コンクリートの堤防の脇に設けられた小さなテントの下に、
仏壇のお供えを持ってきて、線香とろうそくを立て、川に流すためです。

「ああ、タバコ屋のおばあちゃん、姿見ないと思ってたけど、まだいてはったんやねえ・・」

大人たちがつぶやくそんな言葉を覚えています。
小さかった僕は、大人たちのうわさ話をききながら、興味津々でそのおばあさんを見つめたものです。
そして僕も、祖母やおばや母と一緒に、お供えを持ってそのテントに行き、ろうそくと線香を立てたのです。

しかし、お供えの品々は、川のコンクリートの堤防から水面に流すわけにはいかず、市の職員が灰色の作業衣で待ち構え、
老人たちの手から受け取ったお供えの品々を、岸壁に横付けされた砂利船へ、ベルトコンベアーで次から次へと
落としていきます。町内報で伝えられた2時間ほどの送り盆の時間は、市の職員の仕事の一つなのです。

祖先の霊を送り返すために、せっかく火をつけたろうそくや線香も、燃え尽きる時間を与えられず、
職員の手ですぐに折られて、水を入れたバケツの中に放り込まれます。

子ども心ではありましたが、何か、出来事が荒っぽいような、せっかく外へ出て来られたおじいさんやおばあさんに
申し訳ないような、割り切れぬ感じを覚えておりました。

しかし、それでもお盆の三日間は、大都会の、近隣の親しいつながりの失われた地域社会にとっては、
貴重なお互いの存在確認の機会であったように思います。

ところが近年は、このコンクリートと砂利船の盆送りも行われていません。

盆送りをしたいお年寄りが亡くなっていなくなったこともありますが、
そもそも、皆が続けてやりたいと思うようなお盆の集いではなかったからだと思います。

大阪中之島のデザインミュージアムで、「きくみるはなす逢坂中之島縁坐舞台」の公演を始めた動機の根っこには、
確かにこの、長年感じていた割り切れぬ気持ちがありました。

この気持ちが僕を導く方向へ向かい、より腑に落ちる時空間を皆様と共に創造すること。
円坐も未二観も、影舞も縁坐舞台も、目に見えるものと、目に見えぬものとの接点に関わる仕事です。

「秋のかぐや お彼岸縁坐影舞」をご案内いたします。


                秋のかぐや お彼岸縁坐影舞 守人 はしもとくにひこ 



みなさま

橋本久仁彦さんの「影舞稽古山月記」に参加しています。
言葉になりにくいのですがその奥行きに魅入られています。
半世紀を越え生きてきた境涯から、
解き放たれゆく、からだとなって、
背景にあった古来からの「もの」があらはれはじめ、
この身ひとつで相方と指先ふれて影舞われる空間は、
どことなく・・・香を焚きしめたような色香があり、
普段の景色を一変させ、かがやく、月夜の絶景です。

この世で生きていくために、
記憶したり忘れることによって抑制してきた様々なことを、
いま鮮やかに思い出しはじめ、
豊かな世界が幕開けし、
どこからともなく、
せつなくも愛おしい気分が湧いてきて
とても不思議です。

感情とかはやはり欠けてる感じがするのですが、
いっぽう空間は、更にどんどんひろがっていて、
加速している感じです。

秋のかぐや お彼岸 縁坐影舞 ご案内です。

秋の彼岸入り、
橋本久仁彦さんと共に縁坐影舞のことほぎの旅をします。

大阪府北部高槻から、
西国街道を通って京都洛西にかけ、
山ぎわには数々の竹林があります。

旅の道連れとなります方を五名、募集いたします。
よかったらご一緒しませんか。お待ちしております。

筍といえば長岡京、竹林といえば嵐山が有名ですが・・

実はあまり知られていませんが、
北摂から洛西にかけ、数々の竹林があります。

五歳児クラスで影舞をしている保育園のある梶原は、
筍の名産地です。

梶原から北上し、洛西へと続く竹の径は、
不思議な異空間への入り口で、
どこか、神秘的で、とても雰囲気があります。

初秋のころ、 車で移動しながら、竹の径を歩き、
時に円に坐り、時に影舞い、辿り、辿られ、
ことほぎの時空を旅します。


六月の地震のとき、
わたしは庭で水やりをしていました。

大きな地鳴りと同時に、
突然景色が幾重にも揺れ重なって、
地面に立っていられないほどの衝撃が地下からありました。

父が、
祖父の話をしていたのを、
地震の後、よく思い出しています。

地震のときは、竹やぶに逃げたら安心だと、
幼い父に、いつも祖父は、話していたそうです。

父は地震をとても怖がっていたので、
若かりし祖父は息子の事をおもって、
竹やぶの話を、子どもにしたのでしょう。

そして、祖父は戦地へ出兵したまま、
終戦を迎えました。

父や祖父の事は、あまり知らないのですが、
「岸壁の母」や「影を慕いて」を、
父が繰り返し聞いていたことは、よく思い出します。

地震の前兆かどうかわかりませんが、
今春珍しく、洛西の竹林では竹の花が、咲いたそうです。

地震後から、わたしは種を蒔いたり、
庭に花の苗を植えています。
きゅうりや母の植えた茗荷は今でもずっと、
収穫が続いてますが、
猛暑と日照りが続き、花や木はいくつか根から枯れて、
お盆が明け、いくぶん風が涼しくなり、
株分けした紫式部や秋明菊の蕾も、
秋に向け少しづつ少しづつ、
膨らみ始めて、
楽しみです。

秋のかぐやお彼岸縁坐影舞に、お誘い申し上げます。

くぅ 松岡弘子



≪ 秋のかぐや お彼岸 縁坐影舞 ≫

◆日時:二〇一八年 九月二十日 木曜日
◆場所:高槻北部~京都洛西 辺り
◆守人:橋本久仁彦さん
◇集合:午前十時 JR高槻駅南側
◇解散:午後八時頃 JR洛西口駅
◇定員:五名
◇参加費:一万円
◇申込:soumon.enza@gmail.com (松岡弘子)